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教会が支援する名護市母子寡婦福祉連合会。2024年7月、沖縄県の教会員は名護ビーチ清掃を実施し、参加者にバーベキューを振る舞いました。© 2024 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.125年前、末日聖徒イエス・キリスト教会の4人の宣教師が、日本の人々にイエス・キリストの生涯と教えに基づく「幸福の計画」を紹介する活動を始めました。キリストは隣人愛と積極的な慈善の原則に沿って生き、それを人々に教えたのです。こうした初期の歩みに始まり、日本全国の教会員は自らが暮らす地域社会への誠実な奉仕の伝統を築いてきました。災害後、不況時、そして家族や地域が日々直面する課題に立ち向かう中で、必要とされる場に必ず現れて支援を続けてきたのです。
この隣人愛と積極的な慈善活動への取り組みは、日本社会の変化するニーズとともに進化し続けています。教会とその会員は、福祉支援や人道援助を提供する協働の取り組みにおいて、信頼できるパートナーとして認識されることが増えています。
| Temple Square is always beautiful in the springtime. Gardeners work to prepare the ground for General Conference. © 2012 Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved. | 1 / 2 |
行動によって愛を示す:奉仕の霊的基盤
教会指導者たちは、奉仕はイエス・キリストの教えに根ざすものであると強調しています。大管長会は、2025年の世界報告書「困窮する人々を助ける 2025年の報告」の中で次のように述べています。「分かち合う食事、建てる避難所、人に示すあらゆる親切はすべて、主の御業の一部となります。」
多くの奉仕は、金額やボランティア統計には表れません。高齢者訪問、引っ越しの手伝い、食事の配達、近隣への声かけといった、人目を引かず静かに行われる継続的な奉仕は、日常生活の一部となっています。末日聖徒や多くの人々にとって、奉仕は信仰を表す重要な表現です。

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2025年8月、石垣市の健康福祉センターで開催されたひとり親家庭福祉連合会の食料配布イベントでボランティアを行った宣教師たち。© 2025 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.教会員の個々の活動に加え、教会は組織的な福祉支援と国際的な人道援助も行っています。2025年、教会は世界で15億8千万ドル(約2350億円※)を支出し、196か国で3,500以上のプロジェクトを支援し、700万時間以上の奉仕が行われました。これには日本の38件のプロジェクトも含まれます。
福祉や人道援助のために使用される資金は、日本の会員も含め世界中の教会員の自発的な寄付によって生み出されます。寄付には、地域の福祉支援に使われる断食献金や、宗教や国籍を問わず提供される緊急対応や長期プロジェクトに用いられる人道支援基金があります。
奉仕の初期基盤(1901年〜1940年代)
1901年に最初の宣教師が到着した後、1910年に教会のユース組織(当時は「相互発達協会」と呼ばれていた)が設立され、1917年には日本初の扶助協会が誕生しました(日本の歴史参照)。初期から地元の教会は、人々がつながり、交流する場であり、役立つ助けを得る場となりました。「人道支援」が正式な活動とされるずっと前から、小さな支部の会員たちは互いを思いやり手を取り合っていました。
日本伝道部が閉鎖されていた期間(1924〜1948年)において、日本人の末日聖徒の小さなグループは、限られた資源と正式な教会組織がない状況にもかかわらず、集会を続けていました。この間、共に礼拝を行うことで、気軽に互いを助け合うという実践的で身近な奉仕を行い、会員らが初期の頃から自立と相互扶助を目指すことで、困難な中そして先の見通せない時代を通して、会員を互いに支え続ける助けとなりました。
第二次世界大戦が終わり1948年に教会が伝道活動を再開すると、会員や宣教師たちは草の根レベルの戦後支援活動に積極的に取り組みました。無料の英会話教室、衣類の共有、そして近隣訪問といった活動は、近所の人々を結びつけ、物資不足や家を失ったことにより発生した困難に直面する家族を支えました。これらは一見ささやかな行いでしたが、戦後復興という状況の中では非常に大きな意味を持っていました。
時が経つにつれて、これらの個人的および教会員団体としての取り組みは、福祉、災害対応、人道支援といった、より組織的で調整された仕組みによって補完されるようになりましたが、初期の取り組みが完全に取って代わられたわけではありませんでした。
支援ネットワークの拡大(1950年代〜1990年代)
日本が急速な都市化と社会の変化を経験する中で、教会の青少年プログラムには、奉仕活動、家庭生活の技能を学ぶクラス、そして生活安定と地域社会の形成を促進する集会が取り入れられるようになっていきました。扶助協会もまた、訪問や資源の分かち合い、支援活動を通じて、女性と子ども、そして家族を支える上で重要な役割を果たしました。これらは、地域レベルでの組織的な福祉活動の初期的なものとなりました。
大阪で開催された日本万国博覧会(エキスポ’70)に教会が参加したことにより、ボランティア活動への参加と異文化交流の機会が大きく広がり、地域との関係が強化されるとともに、教会が奉仕活動を調整する能力も高まりました。
1980年代以降、教会員は災害への備えや支援活動にますます積極的に関わるようになり、防災訓練、献血活動、生活必需品の配布、清掃活動などに参加するようになりました。行政機関や他の団体と連携する中で、これらの経験は、将来の災害時に不可欠となる対応能力、信頼関係、そして調整力の構築に寄与しました。
阪神・淡路大震災(1995年)
1995年1月17日、マグニチュード7.3の阪神・淡路大震災が神戸地域を襲い、6,000人以上の死者を出し、数十万の建物の損壊・倒壊が発生しました。日本におけるボランティア活動の転機となったと考えられるこの災害において、多くの教会員は市民団体や近隣住民とともに、生活必需品の配布、がれきの撤去、清掃、復旧活動に参加しました。
以下の動画は、地震による被害の様子と、支援および復旧の取り組みのいくつかを示しています。映像は神戸市によって提供され、神戸在住の教会員である水野朋子さんによって編集されたものです。
この時期の奉仕活動は主に地域に根ざし、教会員主体で行われ、多大な支援が必要とされる中で、人々を助けたいという真摯な思いを反映したものでした。同時に、このときの経験によって、災害がこれほど大規模なものになると、個人的なボランティア対応には限界があり、地方自治体や既存の救援団体との連携の重要性を再認識させられることとなりました。これは、後の教会の災害対応活動の方向性を決める教訓ともなりました。
東日本大震災と津波(2011年)

2011年3月11日に発生したマグニチュード9.0の東日本大震災と津波は、現代史上最も壊滅的な災害の一つであり、死者および行方不明者22,000名以上、推定17兆円の被害をもたらしました。これに対応して、教会は地元自治体や協力団体とともに、累計19.5億円以上を救援と復興のために提供し、食料、飲料水、毛布、衛生用品、衣類、燃料などを含む250トン以上の緊急支援物資を配布しました。


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2011年3月の東日本大震災後、地域の指導者たちと会う末日聖徒イエス・キリスト教会のH・デービッド・バートン管理ビショップ。© 2011 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.緊急対応の段階から長期的な復興支援へと移行する中で、教会は生計の回復と地域社会の安定に重点を置いて活動を続けました。仙台地域には雇用支援センターが設立され、漁業コミュニティには、製氷機器、保冷設備、トラック、漁網など、生計再建に必要な資材が提供されました。約22,000人のボランティアが清掃、再建、地域支援を通じてのべ175,000時間以上の奉仕を行いました。奉仕は文化の保全にも及び、宮城県多賀城市の八幡神社の修復において宣教師が支援するなどの活動も行われました。
1年後、ダリン・H・オークス長老は、生存者とボランティアの回復力と協力を「世界全体への模範」であると述べました。これらの救援および復興の取り組みは、緊急支援と長期的な再建支援をバランスよく提供する、より包括的な人道支援の在り方を形作る助けとなりました。(「日本の地震と津波への対応:1年後」を参照)
能登半島地震(2024年)
2024年1月1日、マグニチュード7.6の地震が能登半島を襲い、700人以上が死亡し、特に高齢化が進む農村地域において、インフラの広範な損壊、土砂崩れ、そして長期的な避難生活をもたらしました。
- Support-activities-for-the-Noto-Peninsula-Earthquake-of-2024
- Helping-Hands-working-with-other-JVOAD-member-organizations
- Helping-Hands-activity-for-2024-Noto-Peninsula-earthquake-2
- Soup-kitchen-volunteers-of-Kanazawa-Stake
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教会の支援活動は、数十年にわたって得られた知識を反映したものであり、近隣住民や地元の自治体、地域団体の状況とニーズを踏まえ、地元と協力する形で行われています。七尾市の教会の集会所は、飲料水や食料、緊急支援物資を配布する拠点として迅速に機能し始めました。また教会は、日本赤十字社に資金を提供することで、専門的な医療対応の支援にも貢献しました。
金沢地域および周辺の県から来たボランティアは、避難所の清掃、食事の準備、がれきの撤去、そして地域を歩いて住民の声を聞き必要に応じて対応する「タウンストロール」訪問などのために、繰り返し現地を訪れて支援を行いました。
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教会の支援は、被害を受けた神社仏閣の修復、あるいは安全な解体にも及び、地域の宗教指導者や施工業者と連携して実施されてきました。教会は資金援助を行い、ボランティアはがれきの撤去、文化的に重要な資材の回収、そして文化的アイデンティティや地域生活の中心となる建造物の耐震化を支援しました。(「能登半島地震で被災した地域へ この1年の支援を振り返る」を参照)
多分野にわたる連携
1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災と津波、そして2024年の能登半島地震に至るまでの経験によって、一貫した教訓を学ぶことができました。それは、多くのニーズは個々の奉仕によって満たすことができる一方で、より大規模な緊急事態に対する支援には、調整、情報共有、そして信頼できるパートナーが求められるということです。
日本における教会の近年の災害対応の多くは、2016年に設立された全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)との協力によって強化されてきました。教会は2018年にこの団体の正式会員となりました。このネットワークを通じて、行政機関、社会福祉協議会、非営利団体、民間企業、そして宗教団体が協働し、支援の重複を減らし、支援が行き届いてないニーズに対応し、ボランティアや物資、資金が地域の優先事項や状況に即した形で活用されるようになっています。
全国における家族と地域社会の強化
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災害対応にとどまらず、日本各地の末日聖徒たちは、地域の非営利団体や社会福祉協議会、町内会などと協力し、経済的な困難や社会的に弱い立場にある家族を支援しています。教会の集会所では、地域イベント、献血活動、移動式フードパントリー、そしてセカンドハーベスト・ジャパンや難民支援協会などのパートナー団体と連携した奉仕プロジェクトが日常的に行われています。
また、寄付金は実用的なニーズの支援にも活用されており、教育や職業訓練に取り組むひとり親のためのノートパソコンや、新学期を迎える子どもたちのためのバックパックなどが提供されています。最近の活動の概要は、「末日聖徒イエス・キリスト教会 人道支援活動」フェイスブックページで確認することができます。
2025年 東京GIVEマシン

2025年のクリスマスシーズンに、東京では日本初のGIVEマシンが設置されました。これらの自動販売機型のキオスクでは、通りがかりの人々が、食事や学用品、衛生キットなどを必要としている人々のために「購入」する形で寄付することができました。
教会は、セカンドハーベスト・ジャパン、グッドネーバーズ・ジャパン、難民支援協会、国連UNHCR協会、ケア・インターナショナル ジャパンと提携し、すべての運営費を負担することで、寄付金の100%がこれらの提携団体に直接届けられるようにしました。400人以上のボランティアの支援のもと、8,200人以上がこのマシンを訪れ、総額1,100万円以上が寄付されました。この日本での取り組みは、21か国126都市で約100万人を迎えた教会の世界的キャンペーン「Light The World – GIVEマシン」の一環でした。
125年にわたる思いやりの伝統
日本における1世紀以上の末日聖徒の奉仕の歩みを振り返ると、少人数の教会員の集まりで行われた初期の相互扶助から、現代の緊急対応、地域連携、そして組織的な人道支援ネットワークに至るまで、さまざまな形で発展してきました。日本社会が大きな進歩を遂げた現在においても、重要な課題はなお残されています。自然災害、拡大する所得格差、高齢化する地域社会、そして社会的に弱い立場にある人口の増加は、全国の家族や地域のニーズに引き続き影響を与えています。
日本における末日聖徒イエス・キリスト教会の会員にとって、奉仕は家庭や教会員同士、地域社会の中での日常的な思いやりの行いから生まれるものです。こうした草の根の取り組みは、教会という組織によって支えられて広がり、必要な時にはより広範な協力や調整された対応を可能にしています。この長年にわたる思いやりの伝統は、信仰に根ざし、協働によって強められ、イエス・キリストが教えた「互いに愛し、思いやる」という簡単な原則に導かれながら、今も続いています。
編集者注:
※円換算は、2025年の平均為替レート(1ドル=約150円)に基づく概算です。
本回顧記事の作成にあたり編集者は、日本における教会100周年記念(2001年)のために作成された教会史に加え、その後のニュースルーム記事および教会の公式記録を参考にしました。