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クボタスピアーズのフィナウ・トゥパ。(写真提供:K. Fukushima)All rights reserved.日本の活気あるラグビー界の中で、ある一家の静かな信仰と勇気が、多くの人に希望の光を与えています。トンガにルーツを持ち、日本に長く暮らすフィナウ・トゥパとエナ・トゥパ夫妻は、人生の不確実さの中にあっても、子育てをし、仲間のために尽くし、神を信頼しながら歩む、ごく「普通」の人々ですが、想像を絶するほど困難な状況にあっても、その姿は変わりません。
トンガから日本への道のり
フィナウ・トゥパは、ジャパンラグビー リーグワンの最上位ディビジョン1に所属するクボタスピアーズ船橋・東京ベイでバックロー(フランカー)としてプレーしています。スピアーズは東京湾・船橋エリアを拠点とし、日本有数の強豪チームの一つです。
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| Temple Square is always beautiful in the springtime. Gardeners work to prepare the ground for General Conference. © 2012 Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved. | 1 / 2 |
トンガで生まれ育ったフィナウは、リアホナ高校の最終学年で主将を務め、トンガU19代表を率いてパシフィック・ネーションズカップで優勝しました。将来有望なトンガ人選手にとって最も確実な進路である日本での奨学金付き留学とプロ契約のオファーを2度受けましたが、彼はそれらを断り、末日聖徒イエス・キリスト教会の専任宣教師として2年間、伝道に身を捧げました。

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幼少期のフィナウ・トゥパ(トンガにて)2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
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2011年、トンガで宣教師として奉仕するフィナウ・トゥパ。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.「伝道に出る決断は、私の人生で最大の祝福の一つでした」と、フィナウは最近、教会の集会で語りました。「ステーク会長は、伝道に出て誠実に奉仕すれば、日本でラグビーをする機会は与えられると約束してくれました。」
2011年に伝道を終えると、フィナウは1年間大工として働き、2012年8月、夢を追って日本へ渡りました。身長190cm、体重115kgという体格の彼は、日本の街を歩けばすぐに目立つ存在でした。外国人選手に提供されていた大学奨学金への道を逃していた彼は、「練習生」という謙虚な立場からプロ生活をスタートさせました。努力と才能により、三重ホンダヒートで4年半、横浜キヤノンイーグルスで2年間プレーし、2019年にクボタスピアーズに加入。近年ではディビジョン1で数十試合に出場しています。

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2022–2023年シーズン、リーグワン優勝のクボタスピアーズ。前列中央がフィナウ・トゥパ。(写真提供:K. Fukushima)All rights reserved.
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2025年、フィナウは大阪・花園ラグビー場でリーグワン通算100試合出場を達成しました。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.フィナウは、健康的な食事と体を大切にすることを重視する「知恵の言葉」と呼ばれる教会の戒めに従って飲酒・喫煙を避けていることが、プロスポーツに必要な体力と集中力を支えてきたと話します。チームメートも彼が守る戒めを知っており、そう言った標準に敬意を払っています。36歳になったフィナウは最近、2年契約を更新し、愛するこのチームでプレーを継続できることに感謝しています。
強い家族の絆
ラグビーが道を開いた一方で、フィナウとエナの物語の中心には常に家族がいました。エナはトンガ出身で、初等教育の学位を終了してブリガム・ヤング大学ハワイ校を卒業後、2012年にカリフォルニア州ロングビーチでの伝道を終えました。二人はその年の7月に出会いました。それはフィナウの日本行きを1か月後に控えた時期でした。恋に落ちたエナは後を追って来日し、英語教師として働きながら彼を支えました。2014年に三重県鈴鹿市で結婚し、2015年にトンガ・ヌクアロファ神殿で結び固めの儀式を受けました。現在、10歳、6歳、4歳になる3人の子どもに恵まれています。

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2022年、ハワイ・ライエ神殿前でのトゥパ一家(写真提供:カリーナ・ティポティ)All rights reserved.
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2025年、日本の桜の季節のトゥパ一家。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.クボタスピアーズは、選手とその家族にメンタルヘルスの支援も行っている。フィナウとエナは、コロナ禍や長期にわたる家族と離れた生活を送る中、この支援は困難を乗り越える助けとなったと話します。カウンセラーは「人生にはプラスとマイナスがあるが、バランスが必要。フィールドでプレー中も、日常生活においても、失敗から学び、試練を自分の成長のための糧にする必要がある」と諭しました。その後、ラグビーの試合をはるかに超える試練が訪れます。
厳しい診断
2024年5月、トンガ滞在中のエナに腹痛と痙攣が襲いました。トンガでの検査の結果、肝臓の異常が疑われたものの、医師たちは原因を解明することができませんでした。日本に戻ることを強く促されたエナは、家族と共に即座に帰国。日本で受けた精密検査では「肝転移を伴う大腸がんステージ4」と診断されました。現在、2週間ごとに化学療法を受けており、この治療は一生続くことになります。

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「家族が一緒にいる場所が、私たちの一番好きな場所。」2024年、東京神殿前で家族写真。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.湧き上がる喜び
がんを患い過酷な治療を受ける中でも、二人の笑顔と前向きな姿勢は、長年の友人だけでなく初めて会った人々にも励ましを与えています。診断を聞いたとき、エナは不思議なほどの平安を感じたと話しました。そして、「大丈夫じゃなくてもいいの」と。
らは、2019年総大会でD・トッド・クリストファーソン長老が話した「聖徒たちの喜び」のメッセージについて話しました。脊髄損傷で体が麻痺したジャック・ラシュトンが、主に心を向けることで「湧き上がる喜び」を感じたという話です。

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2025年、日曜日の教会集会後のトゥパ一家。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.普通の人々、並外れた信仰
多くのトンガ人選手が奨学金を受け、日本のプロラグビーリーグでプレーし始めるのとは異なった道をフィナウは歩んできました。しかし彼とエナは、いつかトンガに戻り、彼らの人生に多くの支援を与えてくれた地元の地域社会に恩返しすることを夢見ています。
現在トゥパ家族は、早朝からの学校への送迎、忙しい仕事、そして楽しいながらも大変な子育てなど、多くの家族と何ら変わりのない生活を送っています。ただ、彼らの生活には、週末のラグビーの激戦と、頻繁な通院と治療に費やす時間も加わっています。
彼らの歩みは、真の強さがラグビーのスクラムやスコア、そして病気にならない健康な体によって測定されるものではなく、信仰と希望に根ざした日々にあることを思い起こさせてくれます。エナは「わたしたちは、自分たちよりも主を信頼しています」と話しています。