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日本における125年の歴史:弱さが強さになる、モルモン書の最初の日本語版への翻訳

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最初の日本語版モルモン書の表紙© 2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
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モルモン書の公式な「序文」の中で、預言者ジョセフ・スミスは霊感を受け、啓示的な見解を記しています:

「わたしは兄弟に言った。『モルモン書』はこの世で最も正確な書物であり、わたしたちの宗教のかなめ石である。そして、人はその教えを守ることにより、ほかのどの書物にも増して神に近づくことができる。」

預言者ジョセフ・スミスのこの声明は、モルモン書の欠かせない重要な性質を強調しています。彼は、モルモン書を「この世で最も正確な書物」、「宗教のかなめ石」であると説明しています。建築において、かなめ石はアーチの中央の石です。その石がなければ、その建物は崩壊してしまいます。すべてがその重要な石によってあるべき場所に保たれるのです。

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「かなめ石」の機能のしかたAll rights reserved.
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最初の4人の宣教師が1901年に日本で伝道の業を開始したとき、彼らが宣べ伝えていた宗教の「かなめ石」は、事実上、「封印された書物」のままの状態でした。「イエス・キリストの2番目の証」は英語版しか存在していませんでした。そして、英語は、当時の日本では、ほぼだれも知らない言語でした。さらに、モルモン書で教えられている概念は、日本人の文化や経験、社会的通念、および宗教的伝統にとっては馴染みのないものでした。

歴史記録によれば、1901年8月にヒーバー・J・グラント長老に同行して日本に伝道に来た3人の宣教師の一人、アルマ・O・テーラーが、モルモン書を最初に日本語に翻訳する取り組みの中心人物であったことは確かです。アルマは、わずか19歳で、日本語の知識をまったく持たずにやってきて、彼の同僚と同様に、最初は「独学」で日本語を学びました。彼は自著の記録に、日本の教育者から言語の指導を受けることを求めたということ、そして、それは霊感を受けた必要な決断であったと記しています。

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二人の同僚宣教師の間にいるアルマ
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アルマは、日本に宣教師として赴任してから、ちょうど3年が経過する直前の1904年7月16日にモルモン書を翻訳するように割り当てを受けました。その時から、彼はその業務に休むことなく専念していたようです。そして、日本語の能力および日本人とその文化と信条に対する理解を深めていきました。

1904年の8月後半、彼は聖餐会で話す際、自信を持って、自分が翻訳した1ニーファイ13章を使って話をしました。   

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日本の文化に浸るアルマ・テーラー
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彼は後に、翻訳の取り組みはアルマ書12章と13章に到達するまでは順調に進んだと記録しています。それらの章で、アルマは、霊の死、この世での試し、贖いの計画、神権の性質について教えています。テーラー長老は、「英語には、まだ自分が同等の日本語表現を見出せていない多くの表現がある」と記しています。

翻訳の作業は、1905年の夏に、テーラー長老が日本伝道部の伝道部会長として奉仕するように召されてから、さらに複雑になりました。翻訳に費やすことのできる時間が減ることを心配し、彼はもう一人の若い宣教師であったフレデリック・A・ケイン長老に支援を依頼しました。二人は協力して作業し、翻訳の取り組みを開始してから約5年後の1909年に翻訳の下書きが完成しました。

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フレデリック・A・ケイン長老
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経験と視野がさらに広がり、アルマは翻訳の下書きを日本人に確認してもらう必要があることを認識し、有能で人望のある日本人の助言者を探しました。彼は次のように記しています。

「わたしは主を褒め称えます……主は必要なときに、十分な日本人の助け手を備えてくださいました。こうして、すべてではないにしても、わたしが翻訳した下書きの文法的、修辞的な間違いのほとんどを取り除くことを可能にしてくださいました。」

その助言者たちは言葉をアルマが学んだ口語体から、日本全体で広く使われている文語体に変えるように強く勧めました。祈り、慎重に考え、協議した後、テーラー長老は彼らの勧めを受け入れ、彼らと協力して翻訳を文語体に修正しました。

この業務の締めくくりにあたり、テーラー長老は次のように記しています。

「この壮大な作業が無事完了することを目にする……ことを許された……わたしの喜びと感謝の気持ちは言い表すことができません……わたしの肉体的強さと精神的な辛抱強さを考えると、これはまさに奇跡です。強さを求めて神に熱烈に懇願したことに対する直接の答えとして与えてくださいました……。」

5,000部を印刷する発注をし、最初の1,000部が1909年10月11日に伝道本部に届きました。2冊は特別装丁が施されました。1冊は深い深紅色、もう1冊は深い紫色に装丁されました。天皇皇后両陛下に献上するために、表紙の文字は、それぞれ、金色と銀色の文字に印刷されました。その後、間もなくして、テーラー長老とケイン長老は日本伝道部での奉仕から解任されました。

モルモン書を「暗やみ」から日本の人々に真理と光を伝えることができる形にすることは、不可欠な業務でしたが、それは非常に困難な作業でもありました。深い文化的および言語的な溝に橋を架ける必要がありました。「信仰箇条7条」にある御霊の賜物が現実のものとなる必要がありました。

「わたしたちは、異言、預言、啓示、示現、癒し、異言の解釈などの賜物があることを信じる。」

日本における伝道の業の最初の9年間で、モルモン書が翻訳され出版されたことは土台を築いた奇跡として残っています。日本語版のモルモン書の初版は、日本語を新しく学び始めた二人の若い宣教師が行ったとは思えないような出来上がりでした。彼らは実質的に、日本語や日本の文化についてまったく知らない状態でその作業を始めました。しかし、完成した書物は、正しく読むことができる、霊感を受けた、驚くほど正確なものであり、力強い「イエス・キリストの2番目の証」となりました。

アルマ・O・テーラーとフレデリック・A・ケインの固い決意と謙虚で信仰に満ちた働きを通して、イエス・キリストの回復された福音の「かなめ石」は日本の人々が触れることのできるものとなりました。これは、「ほとんど」奇跡だったというものではなく、劇的な奇跡でした。二人が行った翻訳は、後に、その後に行われた霊感を受けた2回のモルモン書の再翻訳における文学的基盤となりました。その翻訳は、日本語の豊かさ、ニュアンス、そして文化的な感受性を備えており、「iron rod(鉄の棒)」を改宗の働きにおける実際的な助けとなる道具にしました。

言語学の専門知識を持つ日本の教会員は、翻訳の品質と霊的な力を、啓示と霊感、知恵、および鋭い知性によって支えられた異言の賜物と異言を解釈する賜物の現れであると長い間認めてきました。こうした霊的な賜物が、信仰と決意および謙虚さを持った二人の若い宣教師を自分たちの生まれ持った能力を超えて大いなるものとしたのです。彼らの経験は、預言者ジョセフ・スミスが、「ウリムとトンミム」、または、「解訳器」を霊的な道具として用いて行った「金版」の翻訳を再現するようなものでした。

ケイン長老の働きは、ジョセフ・スミスを補佐したオリバー・カウドリの役割を思い起こさせます。金版の翻訳についてのオリバーの記録はわたしたちには馴染みがあるものです。

「これらの日々は、決して忘れられないものであった。天の霊感によって語られた声、この胸にこの上ない感謝の念を呼び起こした声の下に座していたのである。彼が『モルモン書』と呼ばれる歴史すなわち記録を、ウリムとトンミム、すなわちニーファイ人が『解訳器』と呼んだものを用いて翻訳するままに、わたしは、来る日も来る日も、彼の口から出る言葉を絶え間なく書き続けた」〔「ジョセフ・スミス-歴史1」(「高価な真珠」)の後にオリバー・カウドリが記したメモを参照〕

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金版の翻訳を行うジョセフとオリバー© 2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
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アルマ・テーラーは「解訳器」という恩恵にはあずかりませんでした。そこで、彼が翻訳をし、ローマ字で書き、ケイン長老がその見直しを行って、日本語に置き換えました。彼らのこうした努力において、それらの日々が「決して忘れられない日々」であったことに疑いの余地はほぼないでしょう。彼らはまた、この翻訳が「天からの霊感を受けてなされた」ことの確かな証人でした。1909年に出版された彼らの日本語版モルモン書は、日本において、主の業が後に発展する遥か前より、神がその業の土台を据えておられたことを示す明確な証拠です。

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日本人のレビューアーと協力するテーラー長老とケイン長老
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100年以上経過する間に、モルモン書の日本語の再翻訳がその後2度行われました。別の類の翻訳がまだ必要だったからです。「モルモン書」は引き続き、何百万人もの日本人に真理を伝えるうえで、非宗教的、社会的、および文化的な障壁に直面しています。今日、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員と宣教師は、モルモン書を親戚、友人、隣人、知人、および見知らぬ人の心と思いに「翻訳(分かりやすく説明)する」という祝福とやりがいのある個人的な責任を受けています。信仰、希望、慈愛、および喜びを持って聖約に従った生活をすることで、理解と解釈の障壁を克服できるようになるでしょう。言葉と行いによって証を分かち合うことが、アルマ・O・テーラーとフレデリック・A・ケインの信仰と献身および決意に敬意を示すことになるでしょう。

現在の「モルモン書」© 2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
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この記事を出稿するうえで参照した歴史的な情報と洞察を執筆し、まとめてくださった高木信二兄弟(参照文献〔英語版PDF〕:“Proclaiming the Way in Japanese: The 1909 Translation of the Book of Mormon”)、リード・L・ニールソン兄弟(参照文献〔英語版PDF〕:“Strangers in a Strange Land: The Rise and Demise of the Early LDS Japan Mission 1901 to 1924”)、ならびにバン・C・ゲッセル兄弟(参照文献〔英語のみ〕: “Strange Characters and Expressions”; Three Japanese Translations of the Book of Mormon)に謝辞と感謝の意を表します。