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福音とともに歩んだ七十年 ― 日本伝道黎明期の思い出

末日聖徒イエス・キリスト教会 日本教会歴史125周年記念連載

編集者注: このシリーズでは、末日聖徒イエス・キリスト教会の日本教会歴史125周年を記念して、会員やその家族の霊的な歩みを紹介し、その経験を通して「主の御手」が示されてきたことを綴ります。第2回となる今回は、東京西ステーク町田ワード*1の八木沼修一兄弟*2から寄せられた証をお届けします。

八木沼修一兄弟
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名古屋市に住んでいた私たち家族が宣教師*3の訪問を受けたのは、1954年の早春のことでした。二人の長老たちは宿舎から10キロほど離れた地域まで、一日中徒歩で家々を訪問していましたが、耳を傾ける人は一人もおらず、あたりはすでに薄暗くなっていました。後に聞いた話によると、「この家を今日最後の訪問先とし、もし話を聞いてもらえなければ宿舎へ戻ろう」と決めていたそうです。気がつけば、彼らは宿舎から10キロも離れた場所まで歩いて来ていたのでした。

そして、その最後の訪問先となった我が家で祝福が訪れました。家族は長老たちを温かく迎え入れ、家にあったピアノの伴奏に合わせて賛美歌「恐れず来たれ聖徒」を歌いました。と言っても、実際に歌っていたのは長老たちだけでしたが。

それから6か月後、父と8歳未満の弟を除く母、長女、次女、そして長男の私は、愛知県と岐阜県の県境を流れる木曽川でバプテスマ*4を受けることを決意しました。ところが当日は、台風の接近に伴う大雨に見舞われました。増水した大河に入ることはあまりにも危険であると判断され、予定されていた木曽川でのバプテスマは中止となりました。そこで支部長を兼ねていた宣教師たちは急遽銭湯を探し回り、ようやく協力を承諾してくれた銭湯を開店前に借り切りました。湯船に水を張り、即席のバプテスマフォントを整えた結果、9名全員が予定どおりバプテスマを受けることができたのです。

ここで、1950年代半ばの宣教師たちについて、私の記憶に残っていることを紹介したいと思います。

まず印象的だったのは、その服装でした。長老たちは円形のつばが付いた帽子をかぶり、三つ揃いのスーツを着て市内を歩いていました。それだけでもかなり目立つ存在でした。当時はアメリカ軍が駐留していたため、アメリカ人を見かけること自体はそれほど珍しくありませんでした。しかし、分厚く重い明治訳の『モルモン経』を二冊と聖書を抱えて歩く宣教師や、ウクレレを手に賛美歌を歌いながら人々の関心を集めるハワイ出身の長老の姿は、ひときわ人目を引いたものです。

当時すでに伝道用のチラシは使用されていましたが、機関誌は不定期発行で、「LDS Messenger」というB4判ほどの一枚刷りのものしかありませんでした。

当時の支部では、集会に出席する会員は40名ほどだったと記憶しています。安息日の集会である日曜学校と聖餐会は、長老たちの住居の広間で開かれていました。長老たちは大きな一軒家を借りて生活しており、時には食事の準備や掃除のために給仕係が雇われていた時代もありました。

一方、姉妹宣教師についても忘れられない思い出があります。彼女たちの服装は、まるで開拓者時代の姉妹たちを思わせるものでした。当時アメリカから派遣されたある姉妹宣教師は、任地として「日本」と記された大管長からの召しの手紙を受け取った際、近所の人々から「日本では男性がいまだに髷を結い、脇差を腰に差している」と聞かされたそうです。そのため家族全員が涙を流し、まるで今生の別れであるかのような思いでサンフランシスコの港から彼女を送り出したと打ち明ける姉妹宣教師もいたそうです。私も実際に、そのような姉妹宣教師の一人に出会ったことがあります。

戦後の黎明期を経て、日本の教会は北部極東伝道部のもとで東アジア北部全域の伝道活動と教会活動を担う時代から、およそ70年の歳月の中で、国内に四つの神殿を有する末日聖徒イエス・キリスト教会へと大きく発展しました。

私は、その歩みを間近で見聞きし、わずかながらその一端に関わる機会を与えられてきました。その歴史の陰で、兄弟姉妹たちが守り続けてこられた信仰と証、そして惜しみなくささげてこられた犠牲と献金に、深い感謝の念を抱いています。

今から30年から40年ほど前までは、新たな礼拝堂や神殿の建設が決まると、その建築費の30パーセントを、施設を利用する地域の会員が負担することを求められていました。そのため、私たちは転居する先々で献金と奉仕を通して主の業を支え、多くの犠牲を払うと同時に、それに伴う豊かな祝福も経験してきました。

主の再臨に備える私たちに、これからどのような使命が託されているのか思いを巡らせるとき、今後もまた新たな祝福とともに、犠牲や試しが待ち受けていることでしょう。そのことを覚えながら、改めて心を引き締め、主に従って歩んでいこうという決意を新たにする機会が与えられたことに感謝しています。

注釈:

*1 ワード」_地域の教会が管轄する一定の地理的範囲「教区」のこと
「ステーク」_地元の会員の集まりである「ワード」が集まって構成される、より大きな地域的組織
*2 兄弟・姉妹」_会員同士が互いを家族のように呼び合う際に用いる呼称

*3「宣教師」_キリストの教えを宣べ伝える者(宣教師)の尊称として、男性を「長老(Elder)」、女性を「姉妹(Sister)」と呼称する

*4「バプテスマ」_古い自分を葬り、キリストの教えに従って生きる新しい自分として蘇ることを象徴するキリスト教の入信の儀式。全身を水に沈めて引き出される「浸礼」であり、人の死と埋葬、キリストの力による復活をも象徴している