funeral-20251231_114526_CPowell_CEP_0563.jpeg
ニュースリリース

教師、父親、そして愛と学びと希望の使徒として心に残るホランド会長

「ジェフリー・R・ホランド会長は大きな足跡を残しました。自分が受けた影響についての個人的な思い出と、触れたすべてのものに対する神についての忘れがたい証を残したのです」とダリン・H・オークス大管長は述べました。

「ジェフリー・R・ホランド会長は大きな足跡を残しました。自分が受けた影響についての個人的な思い出と、触れたすべてのものに対する神についての忘れがたい証を残したのです」と、教師として、父親として、そして愛と学びと希望の使徒として懐かしく思い出される人物の葬儀で、ダリン・H・オークス大管長は言いました。

ホランド会長の葬儀は、2025年12月31日(水)、ソルトレーク・シティーのテンプルスクウェアにあるタバナクルにて、末日聖徒イエス・キリスト教会大管長の管理の下で執り行われました。ホランド会長は12月27日(土)に亡くなったとき、十二使徒定員会の会長でした。

大管長会のヘンリー・B・アイリング管長とD・トッド・クリストファーソン管長が祈りをささげ、同じ使徒であり、かつてホランド会長の伝道時代の同僚であったクエンティン・L・クック長老が司会を務めました。

「彼は信仰と教育の熱心な提唱者でした」とクック長老は述べ、「人と仲良くなる並外れた能力を持っていました」と付け加えました。「ジェフ・ホランドと一緒にいるときはいつでも、特別で、愛され、大切にされていると感じました。彼の愛にあふれた優しさに触れることも、人を巻き込むあの笑顔を見ることも、イエス・キリストに対するあの力強い証を聞くことも、もうできません。」

『愛と学問の使徒』

「ジェフリー・R・ホランド会長が亡くなり、悲しくてたまりません。…… 〔彼は〕わたしの親愛なる友であり、愛と学びの使徒でした。..…… わたしたちは主の業において、愛にあふれた長い付き合いがありました」とオークス管長は言いました。

50年にわたり、オークス大管長は、職場でも教会でも、ホランド会長と一緒に働いてきました。二人ともブリガム・ヤング大学の学長を務めたことがあり、どちらかが学長のときにはもう一人は先生だということがよくありました。「いちばん新しい召しで、わたしは彼の指導者になりました。しかし、彼はそれでもなおわたしの先生でした」とオークス大管長は言います。

オークス大管長は、ホランド会長の人生と教えの影響について語るコメントを、ソーシャルメディアから幾つか分かち合いました。ある宣教師の言葉を引用しています。その宣教師が出会ったあまり活発でない女性は、何年も前に受講したインスティテュートの教師のことを覚えていると言いました。「『ジェフリー・ホランドという名前の男性で、その人が話す度に愛と御霊を感じ、彼の言ったことはすべて真実だと分かったのです。』その女性は『彼がその後どうなったかは知りませんが、彼は最高の先生でした』と言いました。」

「ええ、姉妹、彼は今でも最高の教師です」とオークス大管長は言いました。「この事実は、彼の訃報を受けてわたしがインターネット上で読んだ何百ものコメントの中でいちばん際立っていたものでした。」

イエス・キリストは「わたしたちの救い主、贖い主、永遠の天の御父であられる神の独り子、そしてこの教会の頭であられます」という証で、オークス大管長は話を締めくくりました。

ホランド会長の3人の子供たちは、イエス・キリストとその福音、キリストの教会に対する揺るぎない証を言葉と行いで示した、愛にあふれた献身的な父親の鏡とも言える行いについて話しました。

『正義感の塊』

funeral-20251231_124147_NilssonLES18204C1.jpg
funeral-20251231_124147_NilssonLES18204C1.jpg
末日聖徒イエス・キリスト教会十二使徒定員会会長ジェフリー・R・ホランドの葬儀で話す息子の マシュー・S・ホランド長老(中央幹部七十人)。2025年12月31日(水)、ユタ州ソルトレーク・シティーのテンプルスクウェアにあるタバナクルにて。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
Download Photo

「父は正義感の塊でした」と、中央幹部七十人のマシュー・S・ホランド長老は言いました。「彼の友情と知性、言語、陽気さという独特の才能は、周囲にいるほぼすべての人心を開き、引きつけました。」

ホランド会長は自分の賜物の時間、仕事に対する情熱をすべて、人をイエス・キリストとその教会に導くことに注ぎ込んでいたと、息子であるマシュー・S・ホランド長老は言っています。そして、父親が最もつらく、最も衰弱していたときに、看護師の一人に霊的なアドバイスを与えたというエピソードを話しました。

「この2年半、ホランド会長が自身の激しい個人的、肉体的困難を乗り越え、愛と笑顔でイエス・キリストの光を人生を変える方法で人に伝えるのを、何度も見てきました。人生のこの最終章、おそらく最も称賛すべき章で、彼は『いつでも、どのようなことについても、どのような所にいても』(モーサヤ18:9)イエス・キリストの弟子であることの生き証人でした。

また、マシュー・S・ホランド長老の父親の闘病は、「預言者や使徒でさえ、この人生で困難や失望を免れない」ということも示しています。

「30か月連続の腎不全と夜間透析、脚を苦しめる神経障害、焼けるような肩関節炎の痛み、呼吸困難の中でも、彼が神から不当に扱われているとつぶやくのを一度も聞いたことがありません」とマシュー・S・ホランド長老は言います。「その代わりに、彼は神に感謝し、これまで以上に頻繁かつ熱心に神を信頼するようにと懇願しました。」

マシュー・S・ホランド長老は、父親の義にかなった影響力の最大の源は、イエス・キリストを信じる信仰にあると述べました。「そのような信仰はわたしたち全員が必要としており、彼が最も分かち合いたかったものなのです。」

『良い父親』

デビッド・F・ホランド兄弟は、父親であるホランド会長の話を聴いて人生が変わったという話をよく聞くけれども、そういう話はいくら聞いても飽きることがないと言いました。「父が公の場で語ったメッセージの中には、わたしの信仰を強い力で救い、わたしの傷を癒し、わたしの希望を刷新し、キリストの愛の贖いのビジョンを与えてくれた話がほかもたくさんあります。」

funeral-20251231_111711_CBell_CMB_02674.jpg
funeral-20251231_111711_CBell_CMB_02674.jpg
末日聖徒イエス・キリスト教会十二使徒定員会のジェフリー・R・ホランド会長の葬儀で話す、息子の デビッド・F・ホランド兄弟。ユタ州ソルトレークシティーにあるテンプルスクウェアのタバナクルにて、2025年12月31日(水)。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
Download Photo

デビッド・F・ホランド兄弟によると、自分の父親の話の多くは、駆け寄って子供を抱きしめる父親の姿が基になっていて、それは自分の父親の持つ親としての姿勢と、神の特質についての証の両方を象徴していました。

「今日、わたしの話を聞いている多くの人は、父を才能ある雄弁家、優雅な著書の執筆者、巧みな指導者、献身的に教え導く人として知っています。そして、父はそのすべてでした。これは驚くべきことであり、驚嘆に値します。しかし、ほかにどんな能力があろうと、父は『良い父親』でした。子供たちのもとに駆けつける親、というイメージが何度もよみがえります。それは、単なる説教で使うための美しい話ではなく、わたしが知っている父親の精神と人格そのものでした。」

自分の両親は、子供のために駆けつけるときにはいつも、さらに偉大な力の源である「子供たちへの愛を代表する天の御父」を指し示していたと、デビッド・F・ホランド兄弟は言いました。

「父は、自分がよく知っていて、忠実に仕え、愛してくれた神を信頼してほしいと切実に願っていました。イエス・キリストの生涯と愛の中に、人を救ってくださる神を見いだすようにと、教えてくれました。」

『希望の使徒』

ホランド会長の娘であるメアリー・アリス・H・マッキャン姉妹は、父親が残してくれたのは、愛と慰めを与えてくれる肉体的な存在よりもさらにすばらしいもの、すなわちイエス・キリストについての証とイエス・キリストとの関係だと言っています。

funeral-20251231_112711_LNilsson_LES_18066.jpg
funeral-20251231_112711_LNilsson_LES_18066.jpg
末日聖徒イエス・キリスト教会十二使徒定員会会長ジェフリー・R・ホランド会長の葬儀で話す、娘のメアリー・アリス・H・マッキャン姉妹。2025年12月31日(水)、ユタ州ソルトレーク・シティーのテンプルスクウェアにあるタバナクルにて。2026 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.
Download Photo

「父は、イエス・キリストの福音と、その福音を地上で管理する教会を全身全霊で愛していました。

母が福音の証をわたしたちの心に優しく植え付けてくれたとしたら、父はそれを燃え盛る炎のようにわたしたちの魂に焼き付けてくれました。父は、イエス・キリストの教会に対する情熱が骨の髄まで染み込んでいました。

父がわたしの顔を両手で包み、青い瞳でわたしの目を見つめながら、救い主の愛をわたしに証したとき、わたしは信じないわけには行きませんでした。父の確信は、周りに伝染するほど強いものでした。」

「ジェフリー・R・ホランドは希望の使徒でした」とマッキャン姉妹は言いました。「彼はイエス・キリストの贖いを信じ、たとえ今日でなくても明日、明日でなくても来月か来年、そして、この世でなくても来世で、イエス・キリストを通して、そしてイエスのおかげで、すべてのことが正されると信じていました。」

そしてこう付け加えました。「父は弱い者を助け、垂れている手を上げ、弱ったひざを強めることができましたが、彼自身が人を支え、強めることができたからではありません。世の贖い主の持つ支える力を知っており、その知識を、心の弱っているすべての人に伝えたいという情熱を持っていたからなのです。」(教義と聖約81:5)

会衆は「主イエスの愛に」を歌い、そのほかの歌はテンプルスクウェア・タバナクル合唱団が「野の花を考えてごらん」、「主に来たれ」、「さらに聖くなお努めん」を歌いました。

ビューイングは、12月30日(火)に、テンプルスクウェアにあるジョセフ・スミス記念館の扶助協会の部屋で行われました。

埋葬は、2026年1月1日(木)に、ホランド会長の故郷であるユタ州セントジョージ市営墓地で行われ、2023年に亡くなった妻のパトリシアの隣に埋葬されます。

葬儀の模様は、ChurchofJesusChrist.orgで視聴することができます。