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あなたに果たすべき使命がある:信仰と人権擁護の道のり-藤田早苗(英国イプスイッチステーク、コルチェスターワード)

本記事は、2026年3月に末日聖徒イエス・キリスト教会の英国の公式ホームページに掲載された記事に若干の加筆をし、和訳したものです。(原文のリンクは脚注を参照ください。)

1999年の9

1999年、私は大学院生として名古屋の名東ワードに集っていました。そしてそこから留学のために渡英したのですが、当時の私はイギリスについてビートルズ以外にはほとんど何も知らない、という状態でした。

名東ワードにはその時デビッド・エバンズ伝道会長ご家族が会員として集っておられ、エバンズ姉妹が教会の資料を調べて「あなたがイギリスで集うのはイプスウィッチ・ステークのコルチェスター・ワードというところみたいよ」と教えてくれました。それはとてもイギリス的な地名に聞こえました。

そして渡英する数週間前の日曜日、祈りを捧げた後に私はイギリスのビショップに電話しました。電話で英語で話すのは初めてのことでとても緊張したのですが、私は自分が日本の教会員で、まもなく留学でそちらに行くのだ、と説明しました。すると彼は大きな声で「素晴らしい!」と言ってくれ、私は自分の英語が通じたことにとても安堵しました。

その後、ビショップは親切にもイギリスでの最初の数日間は、私が教会員の家に滞在できるよう手配してくれたのですが、そのご家庭の長女はちょうど学校に通い始めたばかりで、毎朝不安で泣いていました。数日後、私はその家から大学の寮に送り届けられ、部屋で一人きりになった時、その少女と同じようにとてつもない不安に襲われました。そこで、すぐにひざまずいて助けを求めて祈ったのでした。

あの日以来この約27年間、私は何度そのように祈り、助けられてきたことかわかりません。

求道者としての祈りへの答え:この道への準備における大きな一歩

私は大阪の堺で高校生の時に宣教師と出会いましたが、両親の反対があったため大学に入学するまでバプテスマを受けることはありませんでした。しかし求道者として毎日祈り、聖典を読んでいました。そして大学入試の準備をしていたある朝、私はこう祈りました:

「天のお父様、小論文の試験に備えて何か本を読まなければなりません。どの本を読むべきか教えてください。」

するとその日の夕方、家の近くで移動図書館の車を見かけたのです。私は子供の頃からずっとその町に住んでいましたが、不思議なことにそこで移動図書館を見たのはそれが最初で最後でした。好奇心から中を覗いてみると、そこにあったある本をどうしても借りなければいけないと感じたのです。それはある女性ジャーナリストが書いたものでした。読み進めていくうちに、豊かな国々で私たちが食べたり着たりしているものの多くが、発展途上国の劣悪な環境下で、弱い立場にある女性や子供たちを搾取して作られている、という事実がわかり強い衝撃を受けました。

最近ではフェアトレードやサプライチェーンについて私たちはよく耳にしますが、私がこうした国際的な不平等について知ったのはそれが初めてのことでした。自分の生活が他者の犠牲の上に成り立っていることに気づき、胸が痛みました。さらに日本に住んでいること自体に罪悪感を覚えました。そのためよく眠れず、店でそうした商品を見るたびに強い悲しみに襲われたのです。でも高校生の私にできることは何もないように思われました。だからまずは勉強をしていつかこの本の著者のように、より多くの人々が社会の問題に気づくきっかけを与えられるような仕事をしたい、と強く感じました。

現在、私は学生や一般市民に人権について教え、様々な活動も続けていますが、あの求道者時代の経験は、この道に進むための大きな準備になったと思います。

1年、2年、またはそれ以上

私は大学に入学してやっとバプテスマを受けました。大学では国際人権法を選考し、その後修士課程の時に休学して仙台伝道部で伝道しました。[1]

伝道から帰還後は復学しましたが、ヒンクレー大管長があらゆる年齢の男女に対し、高等教育を受ける機会を追求するよう勧めている言葉が心に響き、その後私は日本の大学の博士課程に進学しました。

そしてしだいに海外で学びたいと感じるようになり、人権分野で世界的に有名なイギリスのエセックス大学への留学を決めました。それは1年間の修士課程コースだったので、日本の大学院を1年だけ休学したうえでの渡英でした。

しかし渡英前に神権の祝福を受けた際、「将来の働きに備えるため、1年、2年、またはそれ以上、この留学の機会を最大限に活かしなさい」と言われたのです。留学は1年だけのつもりだったので、なぜそう言われたのかその時は全く理解できませんでした。しかし、今ではその理由が分かります。留学先で素晴らしい教授や指導者に出会うことができたのです。私は断食と祈りを通して、イギリスでの留学を継続して博士号を取得することを決意しました。

それは本当に大変なことでした。ある教会の指導者が、博士課程は熱した鉄を叩いて形作るハンマーのようなものだと教えてくれましたが、まったくその通りでした。私が博士論文を、それも英語で完成させることができたのは、まさに奇跡でした。[2]

その過程で、私は何度も神権の祝福を求めました。そして時折こう告げられることがありました。「あなたには使命がある」「あなたにしかできないことがある。その準備をしておきなさい」「あなたは多くの人々を助けることになる」「あなたの専門分野を通じて、主はあなたに偉大な業を成し遂げる計画をお持ちである」。誰にでも地上での使命があるものなので、当時の私はこれらの言葉にあまり注意を払っていませんでした。

その後2008年に博士号を取得した際、日本に本帰国することもできたのですが、まだイギリスでやるべきことがあると感じたため、大学に非常勤職員として残りました。理由は分かりませんが、毎日大学へ歩いて行く道中、誰かに背中を押されているような感覚があり、自分が正しい方向に進んでいるのだという確信を強めていきました。

脚注:

[1]  伝道に出る際の奇跡の経験は『聖徒の道』1996年 2月号、ローカルページに掲載。

[2]  主に博士課程での学びや経験については、 藤田早苗「若い兄弟姉妹へ わたしたちには『神の子としての可能性』がある」(リアホナ2009年2月号 ローカルページp.9)参照。

一人で神殿に行く方法を学ぶ必要があった

2010年10月、私はイギリスでの永住権を申請しました。しかし申請書を提出するやいなや問題が次々と発生し始め、まるで誰かが手続きを妨害しているかのようでした。年明けには数人の教授と共に日本の大学を訪問する予定があり、それまでにビザの手続きが完了してパスポートが手元に戻っている必要がありましたが、状況は絶望的でした。クリスマスが近づいても、パスポートはまだ返ってきませんでした。そこで私は神殿で祈りたいと切望しました。

日本にいた頃は東京神殿には公共交通機関で好きな時に訪れて、好きなだけ滞在することができました。一方イギリスのロンドン神殿は不便なところにあるため、誰かに車で送ってもらう必要があり、1、2回のセッションを終えると一緒に来た人と帰らなければなりませんでした。正直なところ、その状況に私は満足していませんでした。

ビザの問題のために神殿で祈りたいと切望しましたが、クリスマスの時期に神殿に行く予定の人は周りにおらず、人に頼むことはできませんでした。Googleマップは今ほど発達していなかったので、どうしたら公共交通機関で神殿に行けるのかよく分かりませんでしたが、ロンドン神殿がガトウィック空港の近くにあることは知っていました。そこで、電車で空港まで行き、そこからタクシーで神殿に向かうことにしました。

費用はかかりましたが、それがその時考えうる唯一の方法でした。こうして私は、渡英以降初めて一人で神殿にたどり着いたのです。そして神殿の宿舎に到着するやいなや、私は部屋でひざまずいて祈ったのですが、その時、私にはこの経験が必要だったのだとはっきり感じました。つまり、永住権を取得してこの国での生活を続ける前に、私は人に頼らず一人で神殿に行く方法を学ぶ必要があったのだ、と。

この経験以来、私は定期的に一人でロンドン神殿に通い、好きなだけ滞在して霊的な力を得る機会をもてるようになりました。ニーファイが船を建造するための指示を求めて山へ祈りに行ったように、神殿は私が人権にかかわる働きを続ける上で導きを得る場所なのです。

神様は時に、不思議な方法で私たちに使命を教えてくださる

2013年8月、「国際金融機関と人権」に関する私の博士論文がイギリスの出版社から出版されました。私はこの本を活用してこの分野でキャリアを築き、数年間は国際機関で働きたいという願望がありました。それは履歴書にも収入面でもプラスになるはずでした。

しかしそのわずか1か月後、私は独特な方法で、まったく別の方向へと導かれることになりました。

9月のある土曜日、私はFacebookに夏休みの写真を投稿しようと思いました。普段は自分のページしか開かないのですが、その日はなぜか友人の写真も見てみようという気になりました。その中で、国連で働く日本人の友人の投稿が特に目につきました。彼は世界や日本における様々な社会問題について投稿していたのです。

そこで私は日本政府が「特定秘密保護法案」を準備していることを知りました。これは国家安全保障の名の下に、政府にとって都合の悪い情報が隠蔽される可能性があることを意味していました。また、法案の策定過程にも透明性が欠けていました。日本は民主主義国家だと知っていただけに、日本がこのような恐ろしいことをしているのか、と私は衝撃を受けました。

その後、その法案のことが何日も頭から離れませんでした。どうしても忘れられなかったのです。しだいに、自分はこの法案に対して何か行動を起すべなのではないか、という思いが強くなり、導きを求めて祈りました。

国連の人権専門家との対話

日本の多くの人々がこの法案に反対してデモを行っている様子をネット上で目にしましたが、私は現地の人とのつながりはありませんでした。そこで、私でも国際的な関心を集めることならできるかもしれないと考え、国連の人権機関にこの件の情報提供をすることにしました。私はそれまでの研究を通じて国連の手続きには詳しかったものの、自国のために自らそれを利用することになるとは予想もしていませんでした。

私は友人と協力して法案を英訳し、ジュネーブの国連人権専門家たちに送りました。最初は返事が来ることは期待していませんでしたが、彼らは法案が及ぼす危険性について懸念を示して返信をくれました。その後数日間彼らとさらに議論を重ねた後、日本政府への勧告として国連の公式書簡が発行されました。

この件は直ちに日本の主要テレビニュースや新聞で報じられました。市民団体や弁護士たちは、この国外からの突然の支援に大変驚き喜びました。それから私は日本国内で人脈が広がり、各地で講演を行う招待を受けるようになりました。

その冬、日本へ旅立つ前に祝福を受けた際、次のように告げられました。「あなたは特別な方法で、知るべきことを知るために導きを受けてきました。『情報の自由』は神のすべての子供たちが選択の自由を行使するために不可欠なものです。しかし今、敵対する勢力がそれを脅かしており、神はそれを大変憂慮しておられます。あなたは敵の力から守られるでしょう。また、人々があなたの知恵から学ぶためにあなたのところに来るでしょう。」

2013年12月、私は人生初の公開イベントとして名古屋で講演を行い、400人の聴衆が集まりました。

  (写真)藤田早苗姉妹

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私はずっと、自分の「使命」が何なのか知りたかったのです

その後、自分の進むべき道を見出すまでには更に数年を要しました。私には自分の専門を活かして数年間は国際機関で働いてみたいという希望がありました。しかし一方で、神権の祝福の中で何度も言及されていた、私の「使命」とは何なのか、ずっと知りたいと思っていました。

私はそのために断食と祈り、そして神殿参入を繰り返しました。そして2015年の秋にロンドン神殿で、これからは日本の人権のために注力すべきだ、という明確な啓示を受けたのです。それまで受けてきた様々な神権の祝福の言葉と神殿の儀式の内容がつながり、救いの計画における自分の使命を教えられた思いでした。あまりに劇的な経験だったので、しばらく呆然としましたが、親しくしていた神殿宣教師の方にその話をし、神権の祝福をもらいました。そしてはっきりこういわれたのです。「今日あなたが神殿で感じた思いは天からのものである」と。

それから一体何が起こるのか、特に経済面ではどうなるのか全く分かりませんでした。給料もなく、誰か上司から職務内容を与えられるわけでもないのです。しかし今のところ、こう言うことができます。「必要なものは十分に与えられています。」

これは霊的な働きだと知っています。私のラインマネジャーはイエス・キリストです。だからこそ、導きを受けるために定期的に神殿に行く必要があるのです。

主は、私が人々に伝えるべき言葉を書き記すよう導いてくださいました

日本の人権問題は世界的にあまり知られていないため、私は国連の人権専門家への情報提供などを通して、国際的な認知度を高める活動に取り組んでいます。また、日本では国連が推奨する「本来の人権教育」が十分に行われていないため、日本での教育活動も行っています。

例えば、2023年11月から2024年3月にかけて、私は日本で15大学にて20の講義を行うほか、30か所での公開講演やセミナーを行い、合計で約4,000人に対面で話しました。さらに、大手新聞社が私のインタビューを掲載し、野党議員が首相への国会質疑で私の名前と言葉を引用しました。

この活動における神の導きのもう一つの重要な例は、私の著書の出版でした。数年前、エセックス大学の指導教官から、日本語で人権に関する本を書くよう勧められたのです。「学術書でも教科書でもなく、一般の人が国際人権を理解するための一般書を日本語で書きなさい」と。私はこれが成すべきことだと確信し、日本有数の大手出版社から出版のオファーを受けました。当時はパンデミックの最中で、私は自室にこもり毎日原稿に取り組みました。

毎朝執筆を始める前に行っていたのは、ジョセフ・スミスが金板の翻訳を始める前に跪いて祈りを捧げる姿を思い起こしながら、私がこの書物の執筆を通して、主が人々に伝えたいと願われる言葉を文章にできるように導きを祈り求めることでした。そして実際いろいろな形で導きを受けました。

この本は2022年12月に集英社新書として出版されました。日本では人権というテーマはそれほど人気のある分野ではありません。反応があるのかどうか、私には見当もつきませんでした。しかし驚いたことに、初版6000部は2ヶ月足らずで完売し、出版社も驚いていました。出版から3年ほどでこの本は9刷となり販売部数は1万8000部を超えました。これは人権に関する書物ではかなり異例だということです。

人権という概念を受け入れた人々は、福音を受け入れる準備をしている

私は日本各地での講演を行う中で、執筆中に捧げた祈りが叶えられていることに気づきました。多くの人々が、力を与えられ、尊厳を取り戻したと話してくれたのです。

読者の中には幼い頃、両親から「お前なんか生まれてこなければよかったのだ」と言われながら育った女性がいました。彼女は虐待を受け続け、心身の悩みをたくさん抱えていました。しかし私の本を読んで人権について学んだ後、彼女は今や自分には尊厳と価値があることを知った、と嬉しそうに私に話してくれました。また、トランスジェンダーの方である別の読者は、「この本を読んで、私は生きていてもいいのだ、と感じるようになりました。この本にずっと支えられてきました。そしてこれからも私のバイブルであり続けます」と語りました。これらは、私にとって非常に感動的な体験でした。

私の著書を読み、その後私の講演を聴きに来てくれたある教会指導者がこう言いました。「人権という概念を受け入れた人々は、福音を受け入れる準備をしているのだと思います」。それは実に理にかなっています。なぜなら両者のメッセージは多くの点で重なり合っているからです。

このように自分が神の道具として用いられたことを目の当たりにできるのは、この上ない喜びです。

この「使命」を通して祝福を受けたのは私の方です

私は毎年一時帰国して講義講演のために全国行脚を続けていますが、特に2023年11月から4ヶ月間の集中的な活動では、本当に疲れ果てました。緊張のせいでよく眠れず、髪が抜け、肌のトラブルが悪化し、免疫力低下のために帯状疱疹までできてしまいました。イギリスに戻ってから1ヶ月ほどは何をする気力も湧きませんでした。肉体が弱り精神的にもかなり落ち込んでいました。

そんなある夜、私は過去に受けた神権の祝福の記録メモを読み返していました。すると、ある祝福の言葉が目に留まりました。それは私がまだ博士課程の学生だった2006年1月に受けた祝福でした。

それは次のようなものでした。「あなたは多くの出版の機会に恵まれるでしょう。あなたは主が人々に聞かせたいと願う言葉を書き記し、それらは読む人々の心に届くでしょう。あなたは御霊を通して語る時、人々を助けることになるでしょう。あなたの講演や著作を通じて、悲しみの涙で枕を濡らしていた人々は喜びの涙を流す機会を得、自ら命を絶とうとしていた人々は神の愛を感じ、生きる希望を見出す機会を得るでしょう。」

私は圧倒されました。2006年当時、私はまだ博士論文に苦戦しており、この祝福の言葉が何を意味するのか全く見当もつきませんでした。しかし今、それが現実のものとなりつつあるのを目の当たりにしています。主は私が成長し、準備を整えるのをどれほど忍耐強く見守ってくださったことでしょう。この記録は、私が神の道具として用いられていることを改めて思い起こさせてくれました。そのように認識することは力の源となり、この「使命」を通じて私が祝福されてきたことを思い出させてくれます。

私は留学当初、イギリス滞在は1年間だけのつもりで、仕事も国際機関で働くことを目指していました。ですから今の生活や仕事の内容は、まったく予想もしていなかったものです。しかし求道者の時に移動図書館であの本を読むよう促された時から、主がずっと私を導いてきてくださっていることははっきりと分かります。すべてのことが、私たちのために益となるように働くことを知っています。

  (写真)ユーバンク姉妹と、スイス・ジュネーブの国連欧州本部にて

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原文 https://uk.churchofjesuschrist.org/there-is-work-to-do?lang=eng-gb

ユーバンク姉妹との写真
2019年9月17日にスイス・ジュネーブの国連欧州本部で行われた、Latter-day Saint Charitiesと国連専門機関によるイベントに招待された時のもの。(イベントについては下記リンクを参照)https://www.thechurchnews.com/2019/10/1/23215497/un-geneva-latter-day-saint-charities/

これに先立つ2019年6月、東京でのG20の企画でユーバンク姉妹と知り合い、翌日に中野ワードにて行われたファイヤサイドでは彼女の話に引用され、証を指名された。その時の動画(関連部分抜粋)はこちらhttps://youtu.be/VgBFhI-0VIE