Temple Square is always beautiful in the springtime. Gardeners work to prepare the ground for General Conference. © 2012 Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved. | 1 / 2 |
活火山のメラピ山の近くに位置するインドネシア・ジョグジャカルタは,それなりの被害を受けてきた。断続的に発生している地震や火山噴火は,住民に恐怖と重大な損害をもたらしてきました。しかし,8月初旬の2日間は地震や事故,あるいは先天的に手足を失っている多くの人々にとって癒しがもたらされました。
末日聖徒イエス・キリスト教会はインドネシア・ジャカルタのヤヤサン・ペデュリ・トゥナ・ダクサ社(ジャカルタ装具義肢センター「手足のない人々に手足を」)と共同で,ジョグジャカルタと周辺地域で必要な人々に義肢を提供するプログラムを立ち上げました。ヤヤサンの職員が義肢を製造し,教会が出資しました。また,福祉宣教師のラッセル・ヒーリーおよびアイリーン・ヒーリー夫妻が調整を行いました。
2012年8月7日,ジョグジャカルタのマンディリ工芸ビルで50人以上の患者が新しい義肢を作るために検査と測定を受けました。その後,熟練の職人が既存の足の先端の石膏模型を作りました。測った寸法と模型を元に,義肢が作られます。1か月後,職人は完成した義肢を持って戻って来ます。
それぞれの患者は受付番号を受けています。この番号は最初の検査から測定と型取り,義肢の取り付け,そしてアフターケアに渡って使用されます。義肢がその人にぴったり合うまで,何度でも戻って調整や修正を受けることができます。
新しい義足を受けるため,息子アバディと孫息子のラフィとデファンとともに測定に来たマルトシボノは,2006年の震災のとき建物の中にいました。「天井が落ちてきて,長い間閉じ込められました」と彼女は説明します。「足に重傷を負ってしまい,切断しなければなりませんでした。」今度は新しい足のおかげで,新しい希望を抱いています。
「わたしは生まれつき足がなかったので,父と母が毎日学校へかついでくれました」と30歳のルウェト・パジャガンは言います。「自分の足で歩いて3歳の娘のニタの世話ができるなんて,うれしいです。」
8月8日,前月に測定した50人以上の人々に義足をつける作業が行われました。患者が義肢を使って最初の数歩を踏み出したとき,患者とその家族の顔に笑みがこぼれ,皆が感動を覚えました。どの人にとっても,人生が一変します。
ケミジョは農夫でしたが,バイク事故に遭い,足を失いました。彼はこう語ります。「もう農夫を続けられませんでした。でも,新しい足でできそうならまた農夫になりたいです。難しければ工芸を学ぼうと思います。」彼は将来を前向きに見据えています。
トゥミエムは20年前,自宅近くの野外施設でシャワーを浴びているときに転倒して重傷を負ったため,義肢が必要になりました。彼女は3か月間入院し,足を切断しなければなりませんでした。
ヤヤサンのプロジェクトを統括する生体医学技術者のサクティフェル・カティルフェルは,熟練の職人です。身体的に不自由な人々と上手にコミュニケーションを取るので,患者がいやがることなく測定と型取りを行うことができます。
末日聖徒イエス・キリスト教会はヤヤサン・ペデュリ・トゥナ・ダクサ社とともに,足の不自由な人々が歩けるように支援できたことを喜んでいます。