ニュースリリース

山口地方部下関支部にて開催されたファミリーヒストリーフェア

昭和ノスタルジー〜懐かしいあの頃へ旅をしてみませんか?

2024年7月27日、山口地方部下関支部で家族歴史探求の一環として「Family History Fair」が開催された。

家族の系図と先祖のエピソードとともに、先祖が生きた時代とその文化に焦点を当てた第一部、往年のスターであり、下関支部の会員の系図と繋がった著名人エルビス・プレスリーを偲ぶ第二部はそれぞれに趣向が凝らされ、訪れた人々が先祖と自身の繋がりと、また彼らが生きた時代について思いを寄せる機会となった。
  
以前から下関支部では家族歴史の探求を熱心に取り組む会員が多く、家族歴史は支部の効果的な伝道活動でもあった。「2年前には家族歴史の活動から改宗者があり、今では支部会長会の一員として一緒に働いています」と崔秀範(チェ・スボム)支部会長は言う。更に続けて「神殿家族歴史調整集会(以下調整集会)をより機能的にするために、今年になってから組織編成しました。(この度の)イベントの骨子は調整集会で決めました。先祖として私たちが直接お会いできるのは昭和の人びとであり、思い出を繋ぐという意図もあります。」
  
  
写真や思い出、テクノロジーで先祖を身近に感じる機会を
当日のイベントの第一部は「昭和ノスタルジー~昭和の遊びと思い出特集~」。
写真に写ることが特別だった時代、人びとは衣服を正し、神妙な面持ちでカメラの前に立った。それは冠婚葬祭であったり、何かの記念日であったり、時には戦地に赴く子供や夫、父親との家族写真であった。そのような写真から先祖を選び出して作られた家系図は、自分の写真を中心にして周りに両親、祖父母、子供たちが家族の木のように配置され、家族の繋がりが一目でわかる家系図となっている。またノートに綴られた家族の記録もあり、その筆跡が当時の思いを今に繋いでいる。
   
昭和ノスタルジーには興味深いコーナーがあった。藤中加愛(ふじなか・かあい)姉妹がファミリーサーチ※1経由で入手できるアプリ「マイヘリテージ※2を活用してディープストーリーを作成したのである。
3年前に97歳で亡くなった祖母、村岡愛子(むらおか・あいこ)姉妹の写真を集めて編集した。写真一枚一枚に対して思い出が添えられていて、画像の愛子姉妹の口が動き、AIで生成された声が半生を振り返る構成となっている。
愛子姉妹の娘、藤中加恵(ふじなか・かえ)姉妹は動画を見た時の気持ちを率直に話す。「初めは声が違うので違和感を感じました。でも何度も観るうちにとても母に会いたくなりました。生きているように語りかけてくることで、母が霊界で確かに生き続けていると感じ、母の存在が身近になりました。」
   
思い出話のコーナーでは下関支部の開拓者の一人、村岡姉妹の娘夫婦である藤中玲二(ふじなか・れいじ)兄弟と加恵姉妹がそれぞれに子供の頃の思い出を話した。「子供が多く、貧しい生活をしていた子供時代、母が工夫を凝らして、毎日何かしらのおやつを準備してくれました。」(加恵姉妹)。藤中兄弟は昭和について「物質的には決して豊かではなかった子供時代ですが、自然に恵まれて、人情があり、心豊かに楽しく過ごしました。だんだん生活が豊かになるにつれて、隣との間に塀ができ、助け合う人情が薄れてきたと感じます」と分析をし、さらに続けた。「生活が豊かになっても良いものや大切なものを失わないようにしたいです。」
  
遊びや駄菓子で振り返る昭和、先祖の生きた時代
昭和ノスタルジーのコーナにはゲームもあった。
お馴染みの駄菓子の数々が3つのグループに分けられ「どのグループが一番古いか」のクイズでは、20名近くの観客の票が割れた。グリコ・都こんぶ・ビスコのBグループが一番古い、と解答が発表されると「あ~、そうか~」と残念そうな声が漏れる。國司康子(くにし・やすこ)姉妹のオカリナ演奏でのイントロクイズはテレビで放送される、誰にも分かる曲が採り上げられていた。
   
昭和の遊びの数々を紹介する各部屋には、それぞれの目的に合わせて玩具が展示された。緑、赤、白、黄色のシャリシャリと音のする昔ながらの紙風船が来場者を幼い頃へと誘う。ほっぺを膨らませてフーッと息を吹き込み、ポーンポーンと打ち上げる顔には笑顔がこぼれていた。男の子が夢中になったパッチンともいわれる面子(めんこ)は今も人気。大の大人がパチンと札を床に打ちつけ「あれ~、ひっくり返らないや。難しいね。」「横から札に向かって斜めに打つんだよ」と賑やかな声を上げている。廊下にあるケンケンパを飛んでいる人、缶馬(缶ポックリ)に乗って歩き回る人、糸電話で話そうとする人、それぞれが童心に返って楽しんでいた。
かつて男の子に人気だったプラモデルの数々の展示もあり、箱入りのプラモデルは現代の玩具とは違う存在感を放っていた。

  
エルビスを偲んで――著名人と繋がる会員の系図
午後1時からは第二部「エルビス・プレスリー特集」が始まった。エルビス・プレスリーは1935年、アメリカ中部ミシシッピ州で生まれたロック歌手である。1950年代に時代を席巻したロックンロールの創始者の一人で絶大な人気を誇った。死後数十年経った今でもテネシー州メンフィスにある自宅グレイスランドを訪れる人が後を絶たない。
  
崔支部会長によれば、今回の催しでエルビスを取り上げることになったのは、扶助協会会長である山田チェルシー姉妹の系図がエルビスと繋がったことがきっかけだという。
チェルシー姉妹はカリフォルニア州サンノゼ市出身で、つい最近、母方の9代前の先祖がエルビスの父方と共通の先祖だと分かった。アメリカでは多くの人が自身の系図を公開しているので、思いもよらない人と繋がることがあるという。チェルシー姉妹の系図は、アメリカ第3代大統領トーマス・ジェファーソンとも10年前に繋がっている。親族が書いた4代前の祖父のストーリーから分かった。
「まさか、そんなことがあるなんて……。このように繋がるのは一般的ではないので驚きました。」系図探求に使命を感じたチェルシー姉妹は父方の日本の先祖を探そうと決心し、大学に入り直して本格的に日本語を学び始めた。今は手に入る限りの除籍謄本を全て入手し、さらにほかの日系人の系図作成の手伝いもしている。
      
エルビス・プレスリーのファミリーヒストリーのコーナーでは、エルビスの紹介と母親のグラディスさんとのこぼれ話が紹介された。(息子の成功で)裕福になったグラディスさんは、それまでの慎ましい生活を変えることなく、食料品を買いに行っても一番安いものを必要な分だけ買っていたという。
本イベントでは数あるエルビスの曲の中で1950s∼1060sから3曲を選んで演奏があった。ギタリストは「としさん」と呼ばれている三栖俊彦(みす・としひこ)さん。としさんが水曜日の英会話に通ってくるうちに親しくなった地方部会長の福永健二(ふくなが・けんじ)会長はエルビスの大ファンで「としさんはギターのプロですよ。是非皆さんに楽しんで頂きたいです。」と喜んだ。
   
マイクやアンプがセットされた舞台で「この曲、何か分かりますかね」とニコニコしながら演奏を始めたとしさん。耳慣れた曲に「ラブミテンダーだ」の小さな声が聞こえる。2曲目は「Are You Lonesome Tonight?」、最後の曲は「ブルーハワイ」。メロディーラインに合わせて小さな歌声が聞かれた。アンコールの手拍子には「Can't Help Falling In Love(愛さずにはいられない)」で応える。締めのロカビリーの名曲「Heart Break Hotel」に手拍子が鳴り響き、演奏は盛況のうちに幕を閉じた。
    
会場には、エルビスの部屋も設けられていた。入ると、壁に貼られたエルビスのポスターに出迎えられる。彼のレコードや同年代にヒットしたレコードが並べられ、白い衣装を着たエルビスのフィギュアが来場者のほほえみを誘う。
エルビスは酒とたばこを嫌っていて、公演中には水か清涼飲料水を飲んでいたとされる。好物はピーナツバター、バナナ、ベーコンのサンドイッチで、このサンドイッチはエルビスサンドと呼ばれている。昼食にはエルビスの愛したこの甘くておいしいサンドイッチが振舞われた。
  
   
二部で司会を務めたのは、下関支部所属の福永健二地方部会長である。かつて支部会長をしていた時から、あらゆる方法を駆使して家族歴史に取り組んできた。SNSにとどまらず、町内の回覧板や掲示板、更にはコミュニティラジオのCM枠を買ったり、夕方の番組への出演をしたりして家族歴史のプログラムを紹介していた。神殿家族歴史フェアを教会員以外の方々にも楽しんでもらえるよう、クオリティの高いものを目指して歴史博物館の学芸員を招いたこともある。
   
「今回のファミリー・ヒストリーフェアはチェルシー姉妹、ギタリストのとしさん、司会のわたしがいればどこでも開催できます」と福永会長はいう。「今後は他の支部やワードに出向いて、それぞれの地域にお住まいのエルビスファンに来ていただき、交流を重ねていきたいと考えています。主催者も観客もともに楽しめる企画で地域に開かれた教会になるようにこれからも続けていきます」と抱負を語った。

※1「ファミリーサーチ」(https://www.familysearch.org/ja/japan/)
末日聖徒イエス・キリスト教会が運営する世界最大の無料の系図サービス。オンラインで先祖の記録を検索し、自身及び家族の記録を補完することができる。
※2「マイヘリテージ」(https://www.myheritage.jp/)
最先端のテクノロジーを用いて家族歴史の探求を助けるアプリ及びウェブサイト。

書式ガイドの注釈:末日聖徒イエス・キリスト教会に関する記事で,教会の名称を最初に引用する際には,正式名称を使うようお願いいたします。教会の名称の引用に関する詳しい情報は,こちらへ: 書式ガイド書式ガイド.