4月20日(木)、デゼレト産業の新しい施設のグランドオープンニングがあった。その前夜行われた奉献式では、末日聖徒イエス・キリスト教会の管理ビショップであるジェラルド・コセービショップがこの新しい建物を奉献した。
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コセービショップは、この新しい複合福祉施設のオープンを迎え、また秋には新しい神殿の開館が予定されているシーダーシティにとって今年は喜ばしい年になると述べた。「栄えある救いの計画について教える新しい神殿、さらに大勢の人々が癒され、多数の困難や災難から救われる場となるこの新しい福祉施設は、救い主自身と主の教会の使命の中心となるものである。」
コセービショップはユタ州南部のこの小さな町が大きな意味を持つことになると説明した。「美しい景色と芸術の祭典は、シーダーシティに毎年何千人もの観光客を引きつける。」コセービショップ自身、「偉大な芸術と文学のファン」であるという。シーダーシティは毎年シェイクスピア・フェスティバルが開催されることで有名である。コセービショップは福祉の重要性を強調するために、文学の登場人物を数人例に挙げ説明した。例えばシェイクスピアの悲劇「リア王」に登場する貴公子エドガーである。劇中、エドガーは豪華な家から逃げて貧困生活を送ることになる。
ヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」に登場するジャン・バルジャンの話をしながら、コセービショップは自身のオフィスに飾ってある絵画で、バルジャンに銀の燭台2つを与えるミリエル司教を描いたものについて語った。バルジャンが銀食器入りのバスケットを盗もうとしているのを見つけたにもかかわらず、司教が示したのは偉大な慈悲と哀れみの心であった。
新しい福祉施設は、古典文学の中に描かれた場面を、実生活の中の天父の子らという登場人物において再現する舞台となります。「リア王」のエドガーのように、多くの男女が人生の大きなチャレンジの中でデゼレト産業やLDSファミリーサービスを訪れるでしょう。
その中にはエドガーのように、本来は自分を守ってくれるべき人による虐待や怠慢によって苦境に立たされた人もいるでしょう。デゼレト産業に来るとき、人々は自分が昇栄した父の子であり高貴な生得権や遺産を持っていることを忘れ(あるいは、それに気づくことなく過ごし)ているかもしれません。しかし、心優しい職業コーチ、職業技能開発カウンセラー、LDSファミリーサービスのカウンセラーを通して、神聖な可能性を再発見する(あるいは初めて知る)ことになるでしょう。
ジャン・バルジャンのように長期にわたる困難、悪習慣、経済的困窮から立ち直るためにデゼレト産業に来る人もいるでしょう。ミリエル司教のように、霊感を受けた神権者や扶助協会指導者は、このような困難の中にも個人が有する未来を切り開く能力を見抜くことができるでしょう。福祉サービスで働く人々とともに教会指導者は、個人に物質的および霊的な自立を促すことができ、彼らがかつて持っていた悪い思考パターンや行動を、生計を維持し、生産性と喜びに溢れた福音に基づく生活へと変えることができるようになるでしょう。
コセービショップは話の最後に、末日聖徒イエス・キリスト教会で新しくビショップに召された人の経験を分かち合った。このビショップは自分の住む中流クラスの地域住民がさほど多くの困難に面しているとは思わなかった。しかし、すぐに多くの物質的困難を抱えた家族がいることを知り驚いたという。デゼレト産業のような施設に頼ることで、このビショップは衣服や家具を提供、また就職口を紹介するなどして援助することができた。
「この施設で提供されるサービスは、衣服を与え、家に家具を備えるだけでなく人を変えるという教会の福祉計画における長期目標に大きく貢献する。シェイクスピアのエドガーやユーゴーのバルジャンのように、またわたしたち自身のワード内の会員にさえもいるかもしれませんが、自分自身の価値や能力を見失った人々、そういった人々を変えることが福祉の目標です」と語りコセービショップは話を終えた。
さまざまな地方自治体および宗教団体の指導者がこの奉献式に参加し、その中にはウエストビュー・クリスチャン・チャーチのジェリー・ヴァン・イヴァルデン牧師、聖ジュード聖公会のリー・モントゴメリー師もいた。