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氷上から放送ブースへ:ブリガム・ヤング大学の卒業生ケイト・ハンセンが冬季オリンピック取材のため北京入り

踊るオリンピック選手がオリンピックに戻ってきた

ケイト・ハンセンは今回、氷上のトラックを時速80マイル(約130km)で滑走する小さなそりに乗るためではなく、2022年北京オリンピックを放送するテレビ番組のコメンテーターとしてオリンピックに参加する。何時間もブースに座っての仕事である。

2014年2月11日(火)、冬季オリンピックのリュージュ女子1人乗りの最終レースを終えた米国のケイト・ハンセン。ロシアのクラスナヤ・ポリアナにて。撮影:AP通信のナターシャ・ピサレンコ

カリフォルニア州ロサンゼルスにあるサンタモニカ・ステークのサンタモニカYSAワードの会員であるハンセンは、カリフォルニア州出身で小さな頃からサーフィンをしていた。しかし、11歳になると冬のスポーツであるリュージュの虜になり、2008年には15歳でジュニアのリュージュ世界選手権で史上最年少の米国女子選手として優勝した。2014年のソチオリンピックでは、ベスト10の成績を収めた。

2014年2月、レース前のウォーミングアップにハンセンが行う踊りのルーティーンがテレビ視聴者の目に留まり、大人気となった。ハンセンは長い道のりを経て、冬季オリンピックへの参加を果たしている。しかし、オリンピック前年の10月に足を負傷し、走ることも歩くことも困難となった。そこで、ウォーミングアップに踊りを取り入れたが、足が治癒した後も踊り続けた。

ソチオリンピック後には、米国チームのブログで「末日聖徒イエス・キリスト教会の会員は踊ってもいいのです」と発信し、世間の誤解を解いた。

今週、彼女は北京でも踊るという。

ハンセンは今週、チャーチニュースの電話インタビューを受け、「踊ることで、気持ちが落ち着きます。放送コメンテーターを担当する最初のレースでは、ブースに入る前に、隅に行って音楽を聞きながら踊るでしょう。そうすることで、落ち着けるのです」と答えた。

2013年12月13日(金)、パークシティーのユタ州オリンピック公園で開催されたリュージュのワールドカップで、2回目の女子レース前にウォーミングアップのために踊る米国のケイト・ハンセン。ハンセンは4位であった。撮影:デゼレトニュースのクリスティン・マーフィー

北京オリンピックへの道

ハンセンは2014年のオリンピックで10位の成績を収めた後に、リュージュ選手として引退した。その前の試合では、米国女子選手としては17年ぶりのワールドカップ優勝を果たしている。

オリンピック後、ハンセンはブリガム・ヤング大学(BYU)に戻り広報活動とビジネスの学位を取り、夏にはカリフォルニアで過ごしていた。そしてスポーツ放送の世界において仕事が入り始めた。ロサンゼルス・ドジャーズが2014年4月の試合の始球式での投手役に彼女を招待。その時も、再び踊りを少し披露し、観客の歓声を受けた。そのおかげで、彼女はドジャースタジアムでファン・エンゲージメントの職を得た。その後、BYUから連絡があり、1年間、BYUの学生選手と共に複数のスポーツ試合のフィールドに出て、プロモーション活動を行った。次に彼女に声をかけたのは、放送会社のNBCであった。そして今回、放送の仕事で再びオリンピックに行くことになった。

「数々の仕事のチャンスが与えられました。それらをこなしながら、仕事の機会を楽しんでいます」とハンセンは話した。

ハンセンは北京の放送センターの小さなブースで長時間を過ごしている。彼女は3つのそり競技(リュージュ、ボブスレー、スケルトン)のコメンテーターとして、オリンピック放送サービスのチームの一員として働く。オリンピック放送は180カ国に送られる。

北京でハンセンは、オリンピック放送のベテランブロードキャスターたちに囲まれることになる。「今回の仕事は、今まで以上にレベルの高い仕事です。スポーツのコメンテーターは会話をしながらも、そこには守るべき形式やルールがあります」とハンセンは説明した。

今回のオリンピックにはコロナ感染予防のための規制や手順があり、それに従う必要もある。コロナ感染の有無を調べる検査を毎日受け、ホテルから放送センターまでの移動にも厳重なセキュリティのあるバスを使う。つまり、感染予防のバブル方式が徹底されており、彼女はバブルの中で睡眠、食事、仕事のすべてを行うことになる。

2022年2月2日、中国北京で開催される2022オリンピックのポスター前で写真を取るカリフォルニア州出身のBYU卒業生ケイト・ハンセン。2014年のオリンピックでリュージュ選手として参加したハンセンは、今回、オリンピック放送サービスのチームの一員として、リュージュ、スケルトン、ボブスレー競技のコメンテーターを務める。撮影:ケイト・ハンセン、インスタグラム

オリンピックで福音を分かち合う

ハンセンが北京滞在中、カリフォルニア州の地元ワードでの召し(彼女はビショップリックを助けスケジュール作りを行う)を果たせなくなるため、ワードの会員に助けてもらっている。ソーシャルメディアやインタビューで、自分の信仰について話したことはあるが、ハンセンは今週、選手としての福音生活は、引退後とは違うと話した。そして引退した今、もっと意識的に伝道活動をしようとしているという。

選手として長年さまざまな場所に遠征し試合に参加してきた中で、ハンセンには伝道の機会があったという。例えば、ソチではロシアのリュージュチームのエンジニアに会った。デゼレトニュースは、その男性がハンセンについて「ほかの人とは違っていた」と話したと報じた。彼は後に、ハンセンが教会員であることを知り、教会について情報を得て、バプテスマを受けた。

「仕事中や移動中には、何でもできるような気がします。自分が善を行うと、善が自分に引き寄せられます」と話す。

2013年12月13日(金)、パークシティーにあるユタ州オリンピック公園で開催されたリュージュのワールドカップで、オリンピック代表選手となることが決定し、アシュリー・ホルトから祝福を受けハグされる米国のケイト・ハンセン。

苦難を受け入れる

2016年、ハンセンはBYUで「失敗がどのようにわたしをオリンピックに導いたか」というテーマで、足のケガという苦難からの立ち直り、そして心理戦と自己不信にどう打ち勝つかについて話した。

「ゲームの大詰めが重要なのではありません… 苦難を受け入れ、困難から逃げないことが重要なのです」とハンセンは話した。

経験によって、北京オリンピックに参加する選手たちが今まで歩んだ道をより良く理解することができ、競技のためにどんなことに直面するかがわかると彼女は言う。一方で、取材陣の立場でオリンピックを見る時、自分はもう戦わなくてもよいことがありがたいという。選手であれば感じるプレッシャーがなく、競技を楽しむことができる。

ハンセンは「今、世界中から集まった取材のベテランたちに囲まれ、オリンピックのエネルギーの中にいることができるのは素晴らしいことです。わたしは終わることのない放送という世界で新しいものを追い求めて行きます」と話した。

2014年2月4日(火)、冬季オリンピックの女子1人乗りリュージュのレースで練習滑走を終える米国のケイト・ハンセン。ロシアのクラスナヤ・ポリアナにて。撮影:AP通信、マイケル・ソーン。

チャーチニュースでは、末日聖徒の選手情報を募集中。2022年オリンピック・パラリンピックに参加する末日聖徒を知っている人は、選手名、所属国、競技名をchurchnews@deseretnews.comまで送信を。

中国北京での冬季オリンピックの開催期間は2022年2月4日~20日、パラリンピックは3月4日~13日。

書式ガイドの注釈:末日聖徒イエス・キリスト教会に関する記事で,教会の名称を最初に引用する際には,正式名称を使うようお願いいたします。教会の名称の引用に関する詳しい情報は,こちらへ: 書式ガイド書式ガイド.