ガーニー姉妹とチェンバース姉妹がその日の伝道を始めたときには、天の御父が用意してくださっていた一連の深い憐れみを想像することはできなかった。この二人の若い女性は末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師として1年半の間、自分たちの時間と才能を使って日本においてイエス・キリストの福音(善き知らせ)を分かち合っている。
2023年3月のその日、彼女たちは豪雨に見舞われ、傘もなく、電話も使えず、交通機関も止まった状態に陥った。ずぶ濡れになりながら、府中ワードのある会員を見つけられることを願い、ある家に急いで向かった。その家の住人は彼女たちが探していた教会員ではなかったが、その周辺のアパートを訪ねるよう導かれた。そこには,何人かの「外国人」が住んでいた。
暴風雨の中、急いでそのアパートに向かい彼女たちは、アフリカのシエラレオネ出身のテレサ・アクエ・アムイのアパートのドアをノックした。彼女は教会員でもなければ、日本人でもなかったが、宣教師たちはずぶ濡れだったので、彼女は姉妹宣教師たちを招き入れた。テレサは日本で紛争に関する修士課程を勉強していて、専攻は移民であった。彼女は国連で働くことを計画している。彼女の夫(ピーター)は現在もシエラレオネに住んでいる。
アパートに入ると二人の姉妹宣教師はテレサの友人のアンドレア・トレジャー・サムと出会った。彼女もシエラレオネ出身である。二人は東京で共通の知人を通じて知り合った。アンドレアの夫(ウス)は東京外国語大学にてグローバル・スタディの博士号を取得した。現在彼はスーダンにて国連関係の仕事をしている。しかし、そのときは、彼はシエラレオネにいて3人の子供たち、パトリシア(13歳)、アイリーン(6歳)、ベニスン(1歳)を日本に連れてくる準備をしていた。
宣教師たちがドアをノックする少し前テレサのアパートで雨宿りをしていたアンドレアは子供たちがシエラレオネから日本に来たとき、子供たちと一緒に集える家族に優しいキリスト教会が見つかるか不安をテレサに伝えていた。彼女は、たとえ教会を見つけることができたとしても日本語での集会だということが分かっていた。彼女たちは日本語を学び始めたばかりであったのである。彼女はどうしてよいか分からかった。
テレサとアンドレアについて少し知ると、ガーニー姉妹は彼女たちに自分たちがここに来たのには理由があると感じていると伝えた。そして、モルモン書からメッセージを分かち合ってもよいか尋ねた。テレサとアンドレアは、自分たちの国でモルモン書について悪いことを聞かされ、その書物を避けるように警告を受けていた。ガーニー姉妹は自分の好きな聖句の一つであるエテル書12章27節とその他の聖句を分かち合った。その二人の友人は驚いた。自分たちが聞いていたこととはまったく異なっており、イエス・キリストについて証をするものだったからである。
宣教師たちは、英語版のモルモン書を1冊テレサに渡し、アンドレアにも1冊渡すことを伝えた。アンドレアは夫が以前日本に留学していた際、宣教師からレッスンを受けたことを説明した。当時、アンドレアはまだ子供たちとともにシエラレオネにいた。ウスは宣教師に、妻と一緒にバプテスマを受けられるよう、まず妻と分かち合いたいと伝えた。しかし、彼がモルモン書を持って帰国すると、アンドレアは恐れて、そのモルモン書を隠した。彼女はそのモルモン書を再び見つけ出して読む準備ができていた。
ガーニー姉妹とチェンバース姉妹はテレサとアンドレアを次の日曜日に教会に出席するように招待したが、その日曜日は総大会の週末であったので、通常の集会はなかった。彼女たちはほかの人たちと教会に集まり、土曜の午前の部会の放送を視聴した。最初の二つの話、「最も偉大なイースターの物語」と「キリストについて証しする機会を決して手放してはいけないよ」はすばらしかった。どちらの話もキリストについての話であった。テレサとアンドレアはもっと知りたい気持ちになった。
この友人たちは宣教師のレッスンを受け始めた。レッスンには毎回府中ワードの異なる会員達が参加した。長老定員会(男性のグループ)の顧問として奉仕するグッドウィン・良樹兄弟は、ワード評議会において各補助組織の代表が話し合う際に、ワード伝道計画を支援するために自分たちが一緒に協力して、何ができるのか話し合うと説明した。テレサとアンドレアの家族(コンテ家族)が集い始めたとき、皆が彼らを支援する方法を模索した。
女性のグループをまとめる、扶助協会会長の川島姉妹は、テレサとアンドレアの特別な友人となるミニスタリングシスターを割当てた。ビショップリックは10人以上で構成する通訳チームを組織するようコーディネーターを召した。彼らはいかに多くの人が英語を話すことができることを知って驚くとともに、英語力が上達するのも目にした。日曜学校では英語を話せるだれかが常に隣に座るように調整した。若い女性と若い女性指導者はパトリシアにアプローチし、友人関係を育んだ。ワードの全員が名札を付けて、彼女たちが会員の顔と名前を覚えられるようにした。
長老定員会会長の平良兄弟は次のように説明した。「石井ビショップが召されてから3年以上経ちます。石井ビショップは自分のビジョンをわたしたちに継続して伝えてきました。それは、府中ワードの「羊を一匹」も失わないようにするということです。わたしたちはともに多くの困難を経験してきました。そのことを通して,わたしたちは互いに仕え合うことを学び、その機会によって祝福を受けてきました。この新しい姉妹たちがレッスンを受け始めたとき、わたしたちは準備ができていました。わたしはイスラエルの集合は一つの大きなイベントではなく、一つ一つ成就していくことを学びました。」
この友人たちは府中ワードによるフェローシップを受け、福音のレッスンを受けていく中で、バプテスマを受けたいという願いが強まった。テレサは知恵の言葉について学んだとき、すぐに台所に行き、緑茶をすべて捨てた。彼女は自分の生活に福音がもたらされたことにとても意気揚々としていたので、シエラレオネにいる母親に福音を教えた。テレサはドアを開けて姉妹宣教師をアパートに招き入れた日に、彼女たちが払ってきている犠牲にとても感銘を受けた。彼女は次のように思った。「彼女たちはとても若く美しいので、ほかにたくさんのことができるのに、彼女たちはここに来て、ずぶ濡れになっている。神はこの女性たちをとても誇りに思っておられるに違いない。」3月のあの豪雨の日から、ちょうど2か月後の5月14日にテレサはバプテスマの水に入った。教会に入ってから生活がどのように変わったのか尋ねると、彼女は次のように答えた。「人生の見方が変わりました。わたしは平安を見い出しました。わたしはとても多くの疑問を持っていました。モルモン書のおかげでわたしの視野が広がりました。モルモン書は聖書をより良く理解するうえで役立っています。」
バプテスマを受けてすぐに、テレサは生きている間にイエス・キリストの完全な福音を受ける機会がなかった、すでに亡くなった先祖のために身代わりのバプテスマを行うために東京神殿に参入する準備を始めた。世界中で公的な記録の索引作成作業を行ってくれた人々の努力と、ワードの会員と宣教師の助けにより、テレサは彼女が幼いときに亡くなった父親に関する情報を見つけることができた。シエラレオネの内戦で爆弾により多くの家族歴史が破壊されてしまったので、これは大きな祝福であった。彼女が身代わりのバプテスマを受ける直前にデータベースが更新された。それから、バプテスマおよびそのほかの神殿の儀式を受けられるように、彼女は父親の名前、祖母の名前、そのほかの人々の名前を準備することができた。
この奇跡について、神殿・家族歴史担当の扶助協会顧問の京面夏枝姉妹は次のように述べた。「わたしたちは、協力しているのは会員と宣教師だけではないことを知っていました。幕の向こう側にいる〔人々〕も協力してくれていることが分かりました。まさしく、ベドナー長老が教えているように、幕の両側でのイスラエルの集合でした。わたしたちは幕の両側は互いに関係し合っていることを感じました。」テレサにとって、彼女が生まれる前に亡くなった祖母のために身代わりのバプテスマを受けることはとても特別な経験であった。彼女は神殿にいる間、祖母を特に近くに感じた。
アンドレアは幼児のとき洗礼を受けていたが、成長したとき、彼女の両親は水に沈めるバプテスマを受けるように勧めたが、正しいとは感じなかった。ガーニー姉妹と佐々木姉妹がレッスンを教えにやってきたとき、彼女たちはアンドレアに、テレサはバプテスマを受けるので彼女もバプテスマを受けたいか尋ねた。アンドレアは姉妹宣教師にそれについて祈ってみることを伝えた。彼女は過去に聖き御霊の影響を経験したことがあり、もし教会に入ることについて祈ったとき同じ気持ちを感じれば、バプテスマを受けるが、もし、感じなければ、答えは「ノー」であると伝えた。
彼女は後に自分の経験したことについて次のように話した。「バプテスマについて祈ったとき、わたしはこの熱い気持ちを感じました。わたしはとても受けたい気持ちになってきました。わたしはそのことを夫と話し合いました。何故なら、夫はわたしたちが一緒にバプテスマを受けられるよう、わたしが準備できるのを待っていたからです。わたしは次のように言いました。『続けて祈りましょう。』そこで,わたしたちはそうしました。わたしは引き続き熱い気持ちを感じました。」ウスは2か月後に出発する予定だったので、彼らがテレサのバプテスマに出席した際、彼らは宣教師にすぐにバプテスマを受けたいと伝えた。家族全員がそれから3週間福音を学んだ。そして、6月4日、ウス、アンドレア、パトリシアが全員バプテスマを受け、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員として確認を受けた。
バプテスマを受けてすぐ、パトリシアは神殿で先祖のための身代わりのバプテスマを受けるための青少年の神殿ツアーに参加することができた。アンドレアは参加するように招きを受けたが、この概念は彼女にとって初めてであったので、彼女は懐疑的であった。これまでのパターンに倣って、彼女はそれについて祈ることにした。そして、彼女は自分自身のバプテスマのときと同じように、先祖のために身代わりのバプテスマをすることについても同じように熱い気持ちを感じた。
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この二家族がバプテスマを受けた後、宣教師たちは東京のイングリッシュスピーキング・ワードに集うように勧めるべきではないかと考えた。府中ワードの指導者は次のように言った。「わたしたちは彼らを必要としていますし、彼らもわたしたちを必要としています。わたしたちは彼らを失いたくありません。」ワードの会員たちは引き続きテレサとコンテ家族を温かく包み込んでいる。
府中ワード・ファミリーについて、石井ビショップは次のように述べた。「わたしたちはすばらしい強力なチームです。会員たちは割当てからではなく、愛を動機に互いに仕え合っています。」子供たちのパトリシア,アイリーン、ベニスンは教師や友人およびワードの他の会員たちからその愛を感じ、体験している。アンドレアは次のように話した。「教会に入って以来、わたしはここでも家族を見つけました。日本に来たとき、わたしにはだれもいませんでした。」彼女は病気になったときのことについて話してくれた。ワードの姉妹たちが手作りのスープを自分たちの家族のために作って持ってきてくれたり、元気づけるサプライズパッケージも持ってきてくれたりした。
テレサとコンテ家族はまた府中ワードにとっても祝福となっている。彼らがバプテスマを受け、教会に入ることを決めたことは、彼らだけでなく、彼らに関わる多くの人々にとっても永続する影響を与えることになった。彼らがバプテスマを受けた後、ワードのある会員が石井ビショップのところにやってきて、彼らの体験から,生活を変え、さらに善いことをしようというふうに啓発を受けたと話した。自分の家族の記録を見つけたテレサの経験以来、ワードの多くの会員が自分の先祖の記録を探求し、神殿で儀式を受けたいという強い願望を持つようになった。パトリシアと一緒に神殿に参入した若い女性たちは家族歴史に参画することを啓発され、若い男性たちは儀式を手伝う機会にあずかった。府中ワードはこの一連の奇跡を通じて、一致だけでなく、ワードの規模においても成長した。