特別養子縁組を支援して
桐生ステーク熊谷ワード所属の産婦人科医・鮫島浩二兄弟は、「産婦人科医として40年余り、“子どもを欲しい人”と“妊娠して困っている人”のはざまで生きてきました」と言う。
産婦人科医や関係機関の働きかけにより法整備が進められ、1987年(昭和62年)、民法における「特別養子縁組」制度が発足した。「特別養子縁組」とは子どもの幸せを第一の目的としている。実親が特別な事情で育てられない子どもを養親が引き取り、家庭裁判所に申し立てて、法的にも実子として扱われる制度である。実親との関係は終了し、法的にも心理的にも養親との関係がゆるぎないものになる。戸籍も実子と変わらず、長男・長女と記載される。また、家庭裁判所には縁組の書類が残され、将来、子どもが実親(出自)を知りたい場合には、知る権利が守られている。
特別養子縁組制度により、保護を必要とするより多くの子どもたちが温かい家庭へ迎え入れられた。しかし現在、乳児院や養護施設で生活している子どもの人数は約45,000人。これに対して特別養子縁組の成立件数は年間700件前後にとどまっている。
鮫島兄弟も産婦人科医として、特別養子縁組制度の開始と同時にボランティアでの支援を始めた。当時、都内の病院に勤務していて、「予期せぬ妊娠をした高校生の赤ちゃんと特別養子縁組をしたいから手伝ってくれないか」と知人から相談を受けたことがきっかけであった。
鮫島兄弟は2013年、全国の産婦人科施設の協力により、現在では24の医療施設が連携する「あんしん母と子の産婦人科連絡協議会」(あんさん協)を設立した。あんさん協は、「(予期せぬ)妊娠に戸惑い、悩み、悲嘆にくれる妊婦さんに寄り添い、産まれ来る新しいいのちを守ること」を理念とする。それまで北海道から沖縄まで、予期せぬ妊娠に悩む女性が埼玉の鮫島兄弟のクリニックまで来ていた。あんさん協の設立によって全国で、より多くの女性が、彼女たちに寄り添った心のケアや特別養子縁組のあっせんなど、医療と福祉をつなぐ手厚い支援を受けられるようになった。
養子の子どもたちに留学体験を
鮫島兄弟は現在、あんさん協の代表とともに、思春期を迎えた養子たちに目を向ける任意団体STAR KIDSの代表をも兼任している
…なぜ実親に育ててもらえなかったのだろうか? 親(養親)にどれだけわがままを言ってもいいのかな? 友達に“養子であること”を伝えたらどう思われるだろう…。
思春期を迎えると、実親に育てられなかったことに自尊心が傷ついてしまう子もいる。養親のもとで幸せに育ちつつも、自分の生い立ちにたくさんの疑問や苦悩を抱きながら育っている子どもたちへの支援の一環として、鮫島兄弟は、アメリカへのホームステイプログラムを企画した。
血縁を重視する日本から、50人に1人が養子という養子大国アメリカの環境に身を置くことで、養子である自分の存在を認める。その経験が、彼らのアイデンティティーの確立に大きく寄与すると鮫島兄弟は考えている。
このプログラムは2024年7月にスタート予定、「第一回スターキッズ使節団」と命名された。資金はクラウドファンディングで広く募っている。※1「人々の温かい志があってこんな素敵な体験ができたことは、その後の人生に大きく影響すると思います。クラウドファンディングで行かせていただくことの意義がここにあります」と鮫島兄弟は言う。
ホームステイ先はユタ州である。治安が良く、末日聖徒イエス・キリスト教会の会員が多く、文化水準が高い。さらに雄大な大自然を満喫できる。子どもたちは、午前中は教会や大学で学び、午後はバスツアーで数多くある国立公園の自然を楽しむ。
プログラムの目的は3つ。
①同年代の養子のいる家族にホームステイして、同じ立場の子供たちやその家族と交わり、仲間がいることを知る。
②参加者同士が、養子としてのお互いの気持ちを率直に語り合う機会を作る。
③家族歴史センターで、AIを使ったファミリーサーチでのルーツ探しを体験する。また、世界の広さを知り、自分の立ち位置について考えを新たにする機会とする。更に英語を身近に感じ、将来、海外で学び、働くという選択肢を視野に持つ。
50年前に200万人だった出生児数は、2023年に75万人となった。少子化に歯止めのかからない現状で、子どもたちは社会の宝と言える。鮫島兄弟はこう訴える。「いよいよ思春期から子育て世代に入っていく養子たちへの支援が重要になってきました。しかし国内では現状、“養子になった子どもたちへのサポート”が足りていません。国の制度設立を待っている時間はないからこそ、まずは私たち民間の手で、皆様からの力をお借りしながら作り上げていきたいのです。」
人は愛を受け取ることで、人を信頼する心、愛する心が身につき、人生を肯定的に捉え、安定した人間関係を築けるようになる。彼らがこれから大人になる大切な期間を有意義に過ごせるように願って、鮫島兄弟は奔走している。
※1─クラウドファンディングの募集期限は2024年6月30日まで。以下のウェブサイトを参照:https://readyfor.jp/projects/starkids