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ドナ・パッカー姉妹が死去される

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末日聖徒イエス・キリスト教会の元十二使徒定員会会長である故ボイド・K・パッカー会長(1924-2015年)の妻ドナ・エディス・スミス・パッカーは,2022年3月5日土曜日の午後10時25分,自宅にて老衰のため亡くなった。94歳であった。 

ドナは夫にとって大切な人であり,子供たちから尊敬されていた。ドナは合計200人以上にもなる自分の子孫に対し,永続する影響を与えた。

パッカー会長は,自身にとって最後の大会となった20154月の総大会での説教で,ドナへの愛について語っている。「妻であり子供たちの母親である彼女のことになると,言葉が見つかりません。妻への愛情と感謝があまりにも深く強いため,何も言えなくなってしまうのです。……わたしは妻とともにいられる一瞬一瞬に感謝しています。また,終わりはないという主の約束に感謝します。」

1927年10月20日にユタ州ブリガムシティーにて,ウィリアム・ウォルダマー・スミスとネリー・エディス・ジョーダンの間に生まれたドナは,4人の子供の一番年上で,ただ一人の娘であった。

ドナは第二次世界大戦中に若い女性として成長期を過ごし,父親が経営するガソリンスタンドや地元の缶詰工場で働いたり,ブリガムシティーの果樹園で果物の収穫作業に従事したりした。ドナは1945年にボックスエルダー高校を卒業し,ウィーバー州立大学に通うために音楽関連の奨学金を獲得した。1947年には科学の準学士号を取得して単科大学を卒業している。

1946年に,ドナは教会主催のある集会に出席したが,そこでゲストスピーカーを務めたのが当時若い男性であったボイド・ケネス・パッカーであった。後にドナは,彼から際立った印象を受けたと述べ,次のように話している。「まさしく彼が結婚相手だと断言はできませんでしたが,わたしが結婚したいタイプの人だということは分かりました。」

ボイドとドナは,1947年7月28日にユタ州ローガン神殿で結婚した。二人の間には10人の子供がおり,そのうち7人が息子で,3人が娘である。

1965年に一家はボストンに引っ越し,夫がニューイングランド伝道部を管理した3年間,ドナは夫とともに奉仕した。

1973年に,ドナ・パッカーはリックスカレッジ(現在のBYUアイダホ校)から「模範的な女性年間最優秀賞」Exemplary Woman of the Year Award”を授与された

晩年になって,ドナはブリガム・ヤング大学で家族歴史コースを受講し,2012年には84歳で家族歴史の修了証書を取得した。

子供たちへの愛が動機となり,ドナは初等協会組織における奉仕に30年の年月を費やし続けた。

1994年から2014年まで,ドナは中央幹部の妻たちとの集会の責任者を務め,世界中で夫とともに奉仕する女性たちを鼓舞し,高めた。

ドナ・エディス・スミス・パッカーは,人間関係や伝統,聖約を守ってイエス・キリストに従うことの重要性に焦点を当てた人として,今後も人々の記憶に残るであろう。彼女は次のように書き記し,その言葉に従って生活した。「日々の生活や将来に対する信仰,試練の時における勇気,家族の一致における力,神と人類への奉仕,永遠に関する示現をすべて含め,わたしたちは聖約を守る者です。」

葬儀については未定である。

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