ニュースリリース

東日本大震災から10年  
災害と教会の人道支援

4回連載第1回

岩手県宮古市浄土ヶ浜。曹洞宗宮古山常安寺七世の霊鏡竜湖(1727年没)が「さながら極楽浄土のごとし」と命名したのが有力とされている。2011年3月11日、海岸先の休憩所の天井に着くくらいの津波が押し寄せた。© 2021 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.

2011年3月11日午後2時48分、東北地方を中心に12都道県で2万2000人余の死者(震災関連死を含む)・行方不明者を発生させた東日本大震災。福島第一原子力発電所ではメルトダウンも発生し、その衝撃は世界を震撼させた。

一方この時点で,日本における末日聖徒イエス・キリスト教会の福祉人道支援プログラムは比較的大規模な支援を行える態勢にあった。1995年1月17日の阪神・淡路大震災に対する災害支援に端を発し、2011年には、単に物資を提供することから自立を支援するプログラムを提供するまでになっていた。

この東日本大震災により、東北地方の主要産業である林業、漁業は壊滅的な打撃を受けた。当時のアジア北地域会長会会長であったゲーリー・E・スティーブンソン長老(現在、十二使徒定員会会員)、実務ディレクターの和田貴志兄弟(現アジア北地域会長会会長)は、各専門分野で働く関東の教会員で構成した災害支援アドバイザリー評議会を即座に発足、支援の体系化を急いだ。そこで結論付けられた教会の支援の三本柱として、教育支援、ボランティア支援、漁業支援が上げられ、それらを中心に注力することになった。現地産業への人道支援としては漁業のほか、林業にもフォーカスした。2011年3月11日の大震災から2012年2月まで、末日聖徒イエス・キリスト教会は延べ24,800人以上のヘルピングハンズ・ボランティアが185,324時間を費やし、総額13億円相当の緊急支援・復興支援を提供した。支援用物資等の手配においても、地元経済活性化に資するため、支援金額全体の7,8割は東北圏内企業からの調達,またはサービス利用を心掛けた。

震災後、新しく立て直された宮古市役所前で、教会福祉自立サービス部一行とアジア北地域会長会第二顧問 ジョン・マキューン長老© 2021 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.

宮古市役所一階には宮古市内の被災地マップの展示を常設している。© 2021 by Intellectual Reserve, Inc. All rights reserved.

2021年3月11日、東北、そして日本は震災後10年を迎える。

教会の福祉人道支援の原点は、キリストの力と自らの努力により、人がみずから情緒的・物質的な必要を満たすことにある。教会の提供するプログラムは人が自立できるように促し支援する。この10年間に教会が提供した支援は、どのように人のこころを慰め、勇気づけ、変えたのか。震災後10年を経て、当時の支援がどのように現在の人々の自立につながっているのか。

この2月下旬、さらにこれからも東北における支援を継続するため、アジア北地域会長会第二顧問のジョン・A・マキューン長老が東北各地の10年前の支援先を訪れた。マキューン長老に同行して福祉自立サービス部のヘンリー・サブストローム部長、落合淳兄弟、菅原憲嗣兄弟、またコミュニケーション部の望月孝則兄弟も訪問した。明日以降4回シリーズで現地訪問レポートをつづる。

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